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「月華覇伝」
月華覇伝3         (サイト掲載済み)

覇伝3-2 

 そんな気持ちを吹っ切りたくて、娘は町へ足を運んだ。ふと、昨日見たあのお爺さんがここに戻ってくるのはいつだろうかと考え、あのお爺さんの探している人があの人なら早くここに戻ってきて、あの人を見つけて欲しいと思った。あそこにあの人がいるから、自分がこんなに苦しい気持ちになるんだと思った。幼い娘はまだその理由も気付かずにいたけれど。
 町に入るといつものように、店の前に商品が並んでいた。この晴れた天気の下、溜まっていた洗濯物を干し上げたのか、至る所で着物や布が旗のように翻る。この一両日の出来事に翻弄され、食べる事をしていなかった娘の空腹感は最高潮まで達していた。いつも自分がごみを漁る店の裏に、ようやく目的のごみ箱が出ていた。雨の降る日でも客は店に入る訳で、その中にはここ二・三日分の客の食い残しなどが入っていた。店の主人の眼を盗み、ごみ箱に取り付くとめぼしい獲物を探し出し、気付かれないうちに建物の陰に逃げ込む。がつがつと腹を空かせた野良犬や野良猫のようにその獲物をがっつき、そしてはっと今の自分の姿を想像してみた。

 ―――― 薄汚い身なりでごみを漁り、見つかれば犬畜生のように追われ、口汚く罵られる自分。声をなくした自分は、言葉を話せない犬や猫と同じ。

 ぽろ、と娘の瞳に涙が浮かぶ。今までは生きてゆく事が生き抜く事が一番大事で、それで自分の事をどう見られようが少しも構いはしなかった。だけどあの人に出会ってからたった一日で、自分がどんなにみすぼらしく卑しい生き物かと思い知らされた。
 それでも娘は、真正面に物事を見つめる事の出来る娘だった。自分があの人の前に出るのは場違いなのは痛いほど判っている。ならばせめてあと一度だけ、あの人の役に立ちそうな物を持って行こう。あの人が口に出来そうなちゃんとした食べ物と、体を温める事の出来る大きな布かなにかを。それを受け取ってくれるかどうかは、あの人の気持ち次第。もうそれ以上は、自分に出来る事は無い。そしてあのお爺さんが戻ってきたら、それこそ今度は腰の物でも盗んで追いかけさせ、あの人の所まで案内しよう。それで自分の役目は終わりだ。ちらりと、でもあのお爺さんが探している人と森の中の人が違ったらどうしようかと言う考えも頭の過ぎる。

( ううん、その時は、その時だよ! やらない事でずっと悔やむより、やって失敗しちゃったって思うほうが絶対良い!! )


 そう自分の中で決めると、さばさばした表情で娘は目的の物を物色し始めた。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 崩れた土砂を一晩中掘り返し、力尽きたように琥珀は夜が明ける頃に手にしていた丸太に座り込む。両手で顔を隠し肩を落とし、いかにも意気消沈したように。その実、鋭敏な感覚で自分に注がれる何者かの視線の変化を感じ取っていた。夜中に多くの者がここを去った事を、山の空気が教えてくれた。自分を見張っている者の数は、片手ほどか。後、藪の向こう側を小さな足音が何度か往復するのを聞いた。自分たちの他に誰がいるんだろう?
 見張っている者達がさほど気に留めてないような素振りなので、その小さな足音の主はこの剣呑な現場近くでも見過ごされるような、影響の無い者なんだろうと琥珀は考えた。

( ……多分俺の勘じゃ殺生丸様は、この土砂の下ではないどこかに身を隠しておられるはず。そして、おそらく怪我を負っているのだろう。無傷ならばあのご気性で、この手薄な追っ手を見過ごされるような方ではない )

 崩れた土砂を掘り返しながら出てくる四肢の千切れた山犬の死体を見て、この犬達を引き裂いた雷かあるいはそれに似た何かの力の影響を、自分の主も受けたのだろうと。

「邪見様が戻られるまで、俺も動きようが無いな」

 自分を見張っている者たちにも聞こえるように、琥珀はそう声に出した。邪見が連れて来る大勢の役人達の影に紛れて、その時こそこの辺りの身を潜められそうな場所を琥珀は一つ一つ探るつもりでいた。怪我の程度によっては、それこそ取り返しのつかないことになる。焦る気持ちと、動けぬ歯がゆさが琥珀を襲っていた。
 座り込んだまま、判る範囲でこの辺りの地形を頭に思い浮かべる。季節もあるが、そうこの辺りは緑の濃い場所ではない。岩山と普通の山の中間あたり。小さな崖や岩肌の露呈した斜面も目立つ。今、自分が座っている所は少し開けた場所だけど、それも十四・五間も離れると藪に区切られた先は下草もまばらな山肌の斜面になる。その下は獣道が通っており、また似たような斜面が続く。大きな岩影や洞窟などもありそうにないし、藪の下に潜むのも無理だ。せいぜいあって、大人の腕で三抱えありそうな古木がところどころ目立つくらい。

「そう隠れられそうな所じゃないが、俺が気付くくらいだからあいつ等が探らない訳はないよな」

 琥珀もその場所に思い至るが、それにしても木の陰に身を潜めたくらいじゃどうにも成らない事は判っている。洞があれば、当然あいつらだって調べるだろう。それで見つからなかったとしたら……。

「……お探しする範囲はもう少し広げた方がいいんだろうな。良い方に考えれば、お怪我の方は軽症で追っ手や俺たちの裏をかかれているのかもしれないし」

 そう思う方があの主らしい気もして、琥珀の気持ちは落ち着いてきた。

 全てが、偶然。

 琥珀達がここに戻ってくるのがもう少し遅ければ、あの娘が痕跡を消すのが間に合わなかったかもしれない。ここから琥珀が動かなかったから追っ手達は行動を潜めねばならず、あの娘が水を汲みに来る事でそこには異常がないと判断させてしまったのだから。


 その頃、割り切った瞳をしてあの娘は手頃な獲物を見つけ出していた。遊女屋の上客用の敷布が晴れた空に綺麗に洗われ、干されている。あれなら洗い立てで綺麗だし、物も良い。

( もう少しで乾きそうだな。見張りもいないみたいだし、今のうち!! )

 こそこそと物干し場に近づき、敷布の端を掴むと物凄い勢いで手繰りよせ一塊に丸め込む。その動作と物干し場を駈け去るのはほぼ同時。一旦その獲物を町外れの草むらの中に隠し、それから次の獲物を探しに行く。

( ……次はあの人が口にしそうな、まともな食べ物。魚か肉か、干し果物? 饅頭みたいなのでもいいのかな? )

 娘のような野育ちの無知な者でも、あの怪我人が高貴な身分の者であると言う事は一目で判る。そんな高貴な方が何を口にするかなんて娘には見当もつかないが、それでも自分が知りえるうちで一番のご馳走をと考えた。
 そう考え込んでいた娘の鼻先に、温かそうな湯気に混じって美味そうな肉の匂いが漂ってきた。娘が最後に上げた、ご馳走候補の肉饅頭の匂い。そろそろ蒸し上がるのか、店の主人が店先にその匂いで客を釣ろうと蒸籠ごと運んできた。道行く者がその匂いにつられて、店の方へ足を運んでゆく。
 商売上手な笑顔と大きな声で客寄せを始める店の主人。普通の客も柄の悪い客も店先に集まってくる。熱々の肉饅頭を包む竹の皮も沢山用意して商売開始だ。その様子を、娘は猫のように鋭い視線で見ていた。

( あれ、どうにかして盗めないかな。客でごった返ししている隙に二個か三個でも盗めたら……  )

 いつもより旅の客人が多いのか、店先はいつにない大繁盛。主人の他に手伝いの者が、主人の横で言われた数だけ饅頭を包んでいる。主人は注文を受けるのが大忙しで、手伝いの者もてんてこ舞い。そのうち最初に出した蒸籠の中の饅頭だけでは足りなくなって、手伝いの者は注文の数を包む途中で店の奥に次の蒸籠を取りに入って行った。
 その隙を娘は見逃さなかった。手伝いが店の奥に入り、主人が次々と注文を受けている横からその包みかけの饅頭を引ったくり、その場から逃げ出した。娘の背中で店の主人の怒鳴る声が聞こえる。店の奥にいた手伝いと店先にいた客の何人かが娘を追いかける。こんなに必死で娘は自分が逃げた事はないと思った。でも、どうしても逃げ切らないと思う気持ちが焦りを生んだのか、思わず娘は足をもつらせ地面に倒れこんでしまった。そんな時でも腕の中の饅頭を落とすまいと、自分の胸に抱え込み肩から先に地面に倒れ、背中を思いっきり叩き付けてしまった。

「今日と言う今日は、もう許さねぇ!! 店のごみ箱を漁っているのも我慢ならなかったが、店の商売物に手を出すとは、ふてぇガキだ! 叩き殺してやるっっ!!」

 もともと荒くれ者が吹き溜まったような町。非道な事は日常茶飯事。小さな娘相手でも、手加減などはしない。娘は獲物を守るように自分の腹に抱え込むと、体を小さく丸め殴る蹴るの暴行の嵐に耐えていた。頭を蹴られて、ふっと気が遠くなる。横顔を殴られて前歯が折れた。丸めた背中の背骨を折らんばかりの勢いで、何度も何度も踏みつける。

( あ…、もう、だめかも……。同じ死ぬでも、みじめな自分の力の無さからより、誰かの為にの方がなんだか救われるね…… )

「ここの町の人間は、随分と暇なんだな。たかが浮浪児一人を寄ってたかって嬲り殺しか?」

 知らない男の声が聞こえた。

「ああっ!? なんだと! 他所モンが横から口をだすなっっ!! このガキは溝鼠よりも性質が悪い、町の者も迷惑してるんだ。ぶっ殺してどこが悪い!」

 激昂したまま店の主人が、その男に食って掛かる。娘はその声のしたほうを見上げ、助けてもらえるのかと言う表情を浮かべた。

「悪くは無い。ただ我らの目の前をその娘の血で汚されるのが気に食わん。腹ごしらえをしたいのでな。その蒸籠を一籠そのままもらおうか」
「一籠そのまま!?」

 商売の話になり、主人の態度が変わった。同じように娘を追いかけていた他の客は、今度は横から割り込んで饅頭を買い占めようとするその男を睨み付けた。

「横から割り込んで来やがって、残りの饅頭全部を買い占めようってか!? ずいぶん舐めた真似してくれるじゃないか」
「たかが、饅頭の事。なにをそんなにいきり立つ」
「そう、たかが饅頭さ。だけど、お前のその態度が気にくわねぇっっ!!」

 溝鼠のような娘を甚振るよりは、この旅の男を叩きのめして有り金全部巻き上げた方が利があると、町のごろつき共は判断した。娘から町の人間の注意がそれたのに気が付き、娘はその隙に痛む体を必死で動かしながら町の外へと走り逃げて行った。逃げて行きしなに、その娘が旅の男に深く頭を下げるのが見えた。

「あっ、しまった! ガキが逃げやがった!!」

 店の主人がそう声を上げても、もう他の客は振り向きもしない。旅の男を叩きのめす方を優先している。

「……すぐ片がつく。あの娘の分も上乗せしてやるから、先に饅頭をもらうぞ」
「は、なに……?」

 男の言葉の意味は、直ぐに判った。店の方を主人が振り返ると、十人以上の猟師姿の男達が他の客を押しのけ、饅頭を頬張りながらこの騒動を面白そうに眺めている。漂う雰囲気はこの町の悪党どもよりもっと危険なものを感じさせた。

「主人、終わったぞ」

 その声で視線を元に戻すと、口々に騒いでいた町の男達はその男の足元に叩き伏せられていた。

「ここは香麗の通貨は使えるか?」
「あ、へぃ。贋金じゃなきゃ、どこの国のものでもありがたく頂戴しやす」
「そうか、ではこれで足りるだろ」

 店の主人の手の上に、高額だと判る金貨を三枚落とす。商売繁盛で店の主人の態度はころっと変わっていた。

「……茶番ですな、刹那様」
「ああ、これで都からの役人が引っかかるかどうかは頭の出来次第だろう」

 町の住人の視線を背中に感じながら、悠々と町外れまでその一団は歩いていった。自分達の後をつけてくるものがいるのに気付きながら、それをそのままに香麗の国境を目指す。

「ところであの浮浪児、あの時の娘ですな」
「うむ、我らに気付いているかどうか確かめるつもりもあったが、そんな用心は要らなかったようだ。あの娘が唖だと知っていれば、あのまま嬲り殺されていても構わなかったな」
「どの道殺される娘なら、あの時に始末して置けば良かったのでは?」
「あの場で殺して、その死体を上手く隠す時間の方があの時は惜しかった」
「我らに気付いているか、気付いていないとしてもあの崖崩れの様子を誰かに話していないかをですか?」
「蟻の穴一つあいてもならぬゆえ。我らの大計にはな」

 追跡者はまだこの男達の後を追っている。

「刹那様……」
「ああ、そろそろ…」

 その会話が合図で、猟師の一団を装っていた男達が一斉に走り出す。走りながら三々五々と散開してゆく。追跡者の数は少なく、多方向に散ってしまった謎の男達の追跡は諦めねばならなかった。
 町に戻った男達の話で、あの謎の集団は香麗の隠密ではないだろうかと言う噂が広まった。その隠密集団が何故こんな辺境の町に現れたのかは、後日都から警備隊の役人が到着するまでにいろんな憶測を生み出していた。

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