スポンサー広告

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
*Edit TB(-) | CO(-) 


「月華覇伝」
月華覇伝3         (サイト掲載済み)

覇伝3-1 


【 月華覇伝 3 】


 強くなった雨の中、自分の塒に戻った娘の体はずぶぬれになりながらも不思議と胸の中はぽぅと温かかった。自分に出来た事はとてもちっぽけな事かもしれない。ちっぽけな事であっても、それは亡き母がこの娘に残した今際の際の言葉を果たした満足感にも繋がっていた。

 ―――― 倫理(みち)を外さぬ生き方をしていれば、必ず報われるから。

 体は冷え切って寒いし、腹はぺこぺこに減っている。塒にしている穴倉の中には枯れ草や萱のような物だけで、口に出来るものは何も無い。辛さで言えばかなり辛い今の状態でも、娘はそれをそんなに感じてはいなかった。これが報われるってことかな? と娘は思いつつ、外の雨音に眠気を誘われ、冷え切った体を暖めようと枯れ草の山の中に潜り込む。とろとろとした眠りの入り口で、娘はあの人もこの雨で寒い思いをしているんじゃないかと考える。まさか自分と同じように、枯れ草や枯葉を被せる訳にはいかないだろうなと考えていた。


 酷くなった雨の中、崖崩れの現場で一人残った琥珀は、もくもくと土砂を掘り返し続けていた。本当ならこの場所を離れて主人が身を隠せそうな場所を探しに行きたいのだが、自分を見張っている何者かの手前、騙された振りを続けるしかなかった。いや、あの主人がこんな所で果てる訳が無い! と言う、ただ一途なまでの信念でもあった。

( ……まずいなぁ、これじゃこっちも身動きが取れない。多勢に無勢、邪見様がお味方を連れて来るまで、何人かの曲者をここに引き止めておかないと。でも、もしその間に殺生丸様の身に何かあったら ―――― )

 岩陰や藪越しに自分を見張っている者の視線を感じつつ、琥珀は泣きそうな演技を続ける。自分がここに主人が埋まっていると信じ切った振りをしている事で、他の場所を探す気を少しでもそぐために。

「……刹那様。例の老人は町で馬を手に入れ、都に急ぎ戻ったようです。山狩りをするつもりでしょう」
「そうか、ではあの者らも殺生丸の消息を確認した訳ではないのだな」
「ええ、あの小姓のような者もあの場から離れませんし、他を探さないのはそれだけあの瓦礫の下に埋まっていると思っているからに違いないでしょう」
「あの状況で、もしあの瓦礫の下に埋まってないとして、どこに身を隠せる場所があるだろうか?」

 そう問いかけるのは、もっともな事。殺生丸を追い詰めた崖の下は少し開けた場所の先は藪に区切られ、また緩やかな斜面が続く。藪や木立はあっても身を潜められそうな岩陰や洞窟などもない。何より、その斜面を通った痕跡がなかった。

「あの浮浪児が迷い込んだ事で、殺生丸の死体の確認が出来なかったのは気がかりだが、あそこ以外にその痕跡が無ければ、後はあの老人がつれてくる都の役人達の出方を見るとしようか」

 殺生丸の痕跡、崩れた土砂の傍らに埋まっていた沓の事。殺生丸が襲われた後の雨の激しさが曲者達の行動を抑制し、その後あの娘がその現場に赴いた事でさらに手を止める事になり、その上その娘の勘の良さがその痕跡を消した。僅かずつの時間差で、曲者達の眼をくらませる結果に繋がっていた。

「そう言えばさっきの浮浪児、この少し下の獣道の所をうろうろしてました。見てみると、山肌に根を下ろした古木の所から岩清水が湧いてるようで、しょっちゅう水を汲みにきているようです」
「ああ、そのせいか。あの辺りに微妙に人の気配が残っているのは。もしあの浮浪児が手負いの殺生丸を見れば、森の獣に出会った以上に怯える事だろう。すぐ判るな」
「……噂は聞いてます。後宮の女達への手酷いまでの狼藉振りは。まったく血に飢えた狂人に一国の王は務まりません」
「そうさせぬ為の、この企てだ。つかの間とは言え、今は無き我が母国の王位に着いた者縁の血を引くお方にこの国の王になって欲しいと願うは、忠国の志ゆえ」
「はい。なれば国は滅びても、その実はこの国こそが我が母国と言えましょう」
「その為にも、必要以上に都の者どもに我らの存在を気取られ、あのお方に疑惑が向くのははなはだ拙かろう。数名物見を残し、我らも引き上げよう」

 あの娘も、従者である琥珀も辛うじてこの曲者達の網の目を潜り抜ける事ができたようだった。怪しい男達は数名の見張りを残して、夜半すぎにその山を去っていった。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 腹ペコのまま眠りについた娘は、まだ夜も良く空けぬうちに目が覚めた。小さくくしゃみを一つして、ぶるりと体を震わせ枯れ草の山の中から這い出してくる。穴倉をふさいだ扉代わりの藪の隙間から、今日は朝日が射している。

( あー、良かった。今日も雨じゃ、本当に体が冷え切ってしまうもんね。あの人の様子を見てから、町に行ってみよう )

 娘は大きく体を伸ばすと、塒を出てあの古木の洞に向かった。洞に近づくほどに恐さにも似た、でもなんか違うもので胸がどきどきしてくる。そっと中を覗きこんでみると ――――

 昨日置いたままの、木の実。

「……何の真似だ。このような物は口にせぬ」

 びくん、と思わず体が跳ねそうになる。綺麗だけど、冷たい声。突き刺すような響きは、娘に向けられる視線と同じ。

「これもそうだな。傷を手当するつもりだったのか、それとも私の懐が狙いか」
「あ、あああ…。あぅ……」

 殺生丸の傷付いた腕には、血止めとして蓬の葉が張られていた。状況が状況、背に腹を変えられなかったのかその傷と蓬の葉を忌々しげに見ている様子が娘に伝わる。恩を売る恩に着せる、そんな言葉が娘の頭に浮かび、そう見られても仕方が無い自分を娘は頭を横に振り、言葉を無くした唇から搾り出す声でそうではないと伝えようとした。

「……お前、口が利けぬのか」

 その問い掛けに、娘は頷く。薄汚くやせ細った、どこか山に棲む小動物を思わせる娘。しかし娘の殺生丸を見る瞳は身なりの薄汚さに反し、逞しさと純朴な光を宿していた。

「私に構うな。口の利けぬお前では私の役には立たぬし、下手をすれば厄災さえ蒙ろうぞ」

 叱り付ける様な口調ではなく、むしろどこが面白がっているような感じもあるが、その奥にある暗いものを娘は感じた。

「もう行け。二度とここに来るな」

 そう言うと、唇を閉ざし目を瞑る。娘の存在など、自分の中に無かったかのように。娘は自分の存在が無性に恥ずかしいもののように感じられ、その場から駈け去った。自分がただの浮浪児でなんの力もない事や、そんな自分はこの人のような立派な人から見ればゴミのようなものなんだと感じてしまって。この人の為に何か出来たと思った事が、どんなに思い上がった事なのかと突きつけられたような気がした。

関連記事
*Edit TB(0) | CO(0)


~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

【覇伝2-3】へブログトップへ【覇伝3-2】へ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。