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「月華覇伝」
月華覇伝2         (サイト掲載済み)

覇伝2-3 



 雨の降る日は、街にも人影はまばら。店も半分閉めているような有様で、娘が獲物を漁る塵箱なども空の事が多い。濡れては売り物にならないから、いつもなら店先に並べている食べ物なども当然店の中。娘が店の中に入って行く事など出来よう筈も無く、物陰で思案に暮れる。その娘の眼の前を、前日見掛けた小柄な老人があたふたと駆け回っていた。そう娘が腰の弁当を狙おうとした、あの老人である。

「おい! この街で一番足の速い馬を用意してくれ!! 金ならいくらでも出す! とにかく大急ぎじゃっっ!」

 ぎゃあぎゃあ喚きたてるせいか、あまり柄の良くない街の連中がこの雨の中の憂さ晴らしにと、その老人をからかっている。

「へぇ~、気前のいい話だな、じーさん! しっかしなぁ、この街一番の早足の馬なんて、駆け比べさせた事ねぇから、どの馬が足が速いかなぁ?」

 馬喰の元締めらしき男がにやにやと、朝っぱらから酒臭い息を吐きながら老人の肩に腕をかける。

「な、なんじゃと? それなら足の早そうな馬を何頭か連れて来い! このワシが選ぶわっっ!!」
「そりゃ、困る。素人のお前が選んだ馬が本当にこの街一番の足の速い馬ならいいが、そうじゃなくてあまり足の早くない馬なら、この街の馬はどの馬も駄馬って事になっちまうからな」
「な、なんじゃ!? なにが言いたいんだ、お前は!」
「だからよぅ、俺が足の速そうな馬を四・五頭見繕ってやるからよ、それを全部買ってくれよ。それならあんたが買った馬の中に一番足の速い馬がいたのに、あんたが他の馬を使ったって事ですむからさ」

 明らかにこの老人から、金を巻き上げる為の言いがかりだと物陰で聞いていた娘にも判った。そんな無茶な話を聞く必要もないと、娘は思う。しかし老人は、小さく頷いた。

「よ~し、待ってなじいさん。すぐ、この町一番の馬を連れて来てやるからよ。その代り、その馬と同じだけの値段で五頭分の金を払ってくれ」
「ああ、判った。判ったから、早くしてくれ!!」

 この街の連中のやり口なら、一頭だけ足の速い馬を連れて来て残りの四頭はどうしようもない駄馬を連れてくるのが目に見えていた。娘はもしかしてこの老人は馬鹿じゃないかと思ったが、その馬喰が馬を用意する間、自分が隠れているモノ陰近くに老人が腰を下ろし溜息交じりに呟いた言葉でそうではないと知った。

「……腹立たしい事じゃが、背に腹は変えられん。とにかく急ぎ都に戻り捜索隊を連れてこなくては。琥珀だけに殺生丸様を探させるのも無理があろう」

 そして深い溜息。娘は自分の判る範囲で、この状況を一生懸命に考えた。

( え~と、このお爺さんは都から来た人で、誰か偉い人の家来なんだ。もう一人その偉い人の家来がいて、その偉い人を探してる…? )

 娘の頭の中で、その偉い人とあの洞の中にいる怪我をした人が同じ人かもしれないと言う考えに辿り着く。確かに都の偉い人だと言われれば、そうとしか言えない立派さだったと娘は思う。

( それなら、今このお爺さんにあの人の事を教えれば、あの人は助かるんだ!! )

 娘は物陰からその老人…、邪見の着物の袖を引こうとした。そっと伸ばしかけた手を、邪見の側に近づいてきた足音を聞いて慌てて引っ込める。先ほど無茶な商談をまとめた馬喰が、馬を五頭引き連れて戻ってきた。娘にも邪見にも先が読めていたように、中々立派な馬が一頭と年老いた馬が二頭、明らかに足を傷めている馬と病気の馬と、合わせて五頭。

「ほら爺さん、約束どおり馬五頭だ。金を払ってくれ」
「……使い物になるのはその一頭だけじゃ! 他の馬は使い物にならん!!」
「そう言うなよ。俺は速そうな、って言ったんだぜ? それも嘘じゃないしな。この二頭は若い頃はそりゃ足が速かったもんさ、その馬にも負けねぇくらいにな。それにこっちの馬も足を傷める前はこの馬より速かった。その隣の馬も、元気な頃は同じくらいにな」

 にやにやとした卑しい笑いが、馬喰の顔全面に広がっている。

「ふん…、まぁどうせそんな事だろうとは思ったがな。ほら、これを受け取れ!!」

 とにかく先を急ぐ邪見は、懐から皮の銭袋を取り出すとそれをそのまま投げ付けた。小さな体の割りに、乗馬は得意と見えて中々見事な手綱捌きで街を後にする。娘は伝え損ねた事柄を飲み込み、馬喰達がそこから離れるまでじっと身を隠していた。

( ……声が出ないのに、どうやって教えるつもりだったんだろ、あたし。お爺さんは行っちゃったし、帰ってくるまでもう少し時がかかるよね )

 それまで、あの人はあの洞から動けず怪我の手当ても受けられず ――――

 きゅうと、娘の腹がなった。自分が空腹なのをまた思い出すと、ふとあの人もお腹を減らしているんじゃないかと思った。山の中じゃろくな食べ物は無い。あんな立派な人が何を食べるかなんて娘には判らなかったけど、それでも何か食べるものは必要だと考えた。

( 今日が雨じゃなければな。まだ山の中に木の実か何かあったかな? )

 娘は殺生丸の恐ろしさに怯んであの場を逃げたのに、いつの間にか考えているのは殺生丸のことだった。殺生丸の飢えを和らげる為、街の人間に見つからないよう娘は山に戻って行った。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 雨の山の中を娘はまだ木の枝に残っている山葡萄の小さな房や鳥に突かれた跡のある柿の実や生栗などを幾つか集めて、またあの洞に向かった。洞の手前で、娘は躊躇う。あの時の鋭く冷たい視線や切り付けられるような声が恐ろしくない訳ではなかったから。

( ちょっとだけ様子を見て、それからこれを置いたらすぐに帰ろう )

 そう気持ちを決めて、足音を忍ばせそっとそっと洞に近づく。その様はまるでこの季節、巣に冬篭りの餌を溜め込む栗鼠のようにも見える。


( ……足音が小さい。また、あの娘か )

 殺生丸は雨音の大きくなった中、その足音を聞きつけ軽く身構えた。いくら自分が怪我人でも、あんなみすぼらしい小娘に危害を加えられる程、柔ではない。

( ふん、この私がどれほど弱ったか探りにでもきたのか。懐中のものでも盗むが目的か )

 閉じていた瞳をそれと気付かれないよう薄く開け、娘の様子を伺う。娘もこちらの様子を伺っているのが見て取れた。狸寝入りを続けていると、そっと娘は近づき泥に汚れた片手を殺生丸の顔の上に翳した。寝たふりに他愛も無く騙され、そして ――――

 娘がほっと、安堵の吐息をついたのを殺生丸は感じた。それから大きな木の葉に何か乗せて、殺生丸の傍らに置き、また音を立てないようにそっと洞を出て行った。出て行きがけに、娘の腹の虫が鳴くのを殺生丸は聞いた。
 娘の気配が消えた頃、殺生丸は洞のなかで身動ぎ体を半分起こして自分の傍らに置かれたものを見た。木の葉の上には殺生丸が見た事の無い、しかしおそらく食糧だろうと思われる物が乗っていた。娘の様子を思い返せば、おそらくこの山で一人で暮らしている浮浪児だろう。食糧すらまともに口に出来ない生活をしている事は簡単に想像できた。現にあの娘は、腹を空かせていた。

 それでも、あの娘は……。


 これが後に国を持たない覇王とその寵姫との出会いであった。



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