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週刊犬夜叉感想(再録)

2008.4・5号 535話「奈落の闇」 

この号の、犬君の「心」を最凶な邪気で穢して妖変化させた奈落。
奈落ってもしかして桔梗さんLOVEだけじゃなく、なれるのもなら完全なる妖怪としては殺兄のように、半妖なら犬君になりたかったの? って感じ。
犬兄弟にも熱い視線を注いでいたんですね~。

でも、考えてみれば桔梗さんの事が好きであれば、その桔梗さんが恋心を抱く相手=犬夜叉に恋敵としての嫉妬の他に、ああなれれば自分も桔梗さんに振り返ってもらえるかもしれないって思ったのかも。
犬夜叉と桔梗さんの悲恋の影にある、それぞれ偽者に陥れられたあの出来事は、屈折したそんな奈落の想いも混じっていたんですね、きっと。

これ以上は、語り場に持っていった方が良さそうなので、明日当たり時間を作って投稿してきます。

場面は変わって、やる気なさげな風に雑魚妖怪を虫を払うように払いながら、かごちゃんの気が付くまで待っている殺兄。
思うに殺兄って、自分がその手で抱き上げた相手って縊り殺そうとか、胸に風穴空けてそのまま持ち上げたような場合以外、もしかしてりんちゃん以外にいないんじゃないのかな? 
そう言う意味では相変わらず冷淡な性格なままで、でも今まで隠されていた【慈】な心が発現されて来てるかなと。

そうならざるを得ない状況だったので、あえて殺戮の道を歩いていたように思う私の殺兄観。
本来の【慈・やさしさ】のようなものが眠っていたように思えていたので(…ただし、あくまでも人でないものなので、人のような優しさとはまた色合いが違うとは思う)、不思議と最初の頃のイメージとそう崩れないで来ています。

前々から思っていた犬君の変化後の「心のありよう」
妖怪の力としては殺兄と並ぶとしても、その心のありようはそれこそ「曲霊」そのもの。
変化後の犬君を、ここでも指導する立場として殺兄の投入と考えます。
もう一度、犬兄弟のバトルシーンが見れそうな気がしています。

恐怖を煽り、心の闇を増幅させて糧としている四魂の玉と傀儡の奈落。
その魔手は的確に珊瑚ちゃんの心を狙っているようです。
法師様が風穴を開きそうですが、そう簡単に開かせることはないと思います。
何度でも珊瑚ちゃんの心が壊れる寸前まで追い込む為にも、ここで法師様エンドはなさそうな気がします。
…いや、そっちの方がもっと悪魔ですが。

と、ここまではサイトの日記に書いていた部分です。
実を言えば、原作の初期から気になっていた事が。
それは殺兄が犬君の「命の危機を察して、妖怪化した時の心を妖怪の【血】に食われる」と言った一言。

殺兄は完全な妖怪だから、常に冷静であるのが当たり前。
どんな時も心を乱す事無く、状況を見極めるのが本当の妖怪。
(…とは言え、今現在の殺兄がそうだとは言えない状態になってきてますね。「情」が出てきたというか、甘くなったというか^_^;)

それなら、人間の立場で見るなら「妖怪の血」って良くないものなのかな? って。
己を忘れて死ぬまで殺戮に明け暮れる、そんな崩壊破滅的衝動だけに支配されるモノ。
あれ? それなら今の奈落がもう少し狂って「己」を無くした状態と同じかもと思ったりしました。

…なんだか、それってちょっと嫌だなぁとか思った私です。

自分で制御できないほどの「力」に振り回されるのは判るとして、妖変化した時のある意味「妖怪」としての犬君の「心」がそんなものなんだとしたら…。
奈落やその他の妖怪、蛾天丸や逆髪の由羅や肉付きの面の妖怪と同じなのがね。
いくら半妖でもそれじゃ同じ血を引く殺兄と違いすぎて、それがずっと気になってたんです。

人が「人の心」の強さで自分の心の闇に立ち向かうのは判るし、妖怪なら妖怪としての矜持にかけて自分の意に添わない事に抗うのも当然。

でも犬君の場合は、犬君の「妖怪の血=(人間から見れば凶暴で忌々しい力)」を「人間の心」で封印している訳ですよね?
かごちゃん達との交流でその心の力は強くなったと思うけど、妖怪としての心はどうなんだろう?
未だに犬君の中には、「妖怪」の部分と「人間」の部分が目に見えない境界線で仕切られているような気がするんです。

今の状態の犬君がこの妖変化を自ら解く事が出来るとしたら、「半妖犬夜叉」としての自分の全肯定が条件かも。二つの要素、この場合「人の心」が正なら「妖怪の血」が邪として、それの完全融合が犬君を新しく生まれ変わらせるような気がします。

完全妖怪の力が使え虐殺殺戮の衝動に襲われる事のない、いつでも本来の自分・半妖である犬夜叉に自分の意思で戻れる。

自分の意思で、成りたい自分になれる。

そこかもしれません。
犬君と奈落はそれこそ対極に在る者同士なんだなと、改めて思います。
同じ「半妖」でありながら「光と闇」、「有と無」。
そう考えると、奈落は本当に哀れな存在です。
「成りたい己」になろうとあがいてあがいて、何度も体を組み替え新生を計るけど決して成りたい自分を見つけることの出来ない奈落。

「奈落の闇」と言うこのタイトルも闇の主が奈落なのではなく、闇が奈落の主なのだという意味もあるのかもしれません。


➜ 2008.6号 536話「風穴の限界」
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