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懐かしのマンガ・アニメ達へ

初めて買ったコミックス 

結婚前に買った大量のコミックスや小説本、同人誌などは実家を出る時に分別し、残せるものは実家に残し、譲れるものは友人に譲り(特に同人誌関係)、どうしても手元に残したいものだけは新居に運び、それ以外は泣く泣く処分しました。

その手元に残したくて新居に運び込んだコミックスも、家族が増えるに従い4本あった本棚が子ども達の洋服ダンスに置き換わるのに際して、やはり処分する事に。
ギリギリ、これだけは!! と残した物を見ながら、この記事を書いて行こうと思っています。

今手元にあるコミックスの一番古い、つまり私が初めてどうしても欲しい! と思って買ったコミックスは、昭和49年7月発行(2版目)、萩尾望都の「ポーの一族」の1巻でした。
まだ小学生の3年生か4年生の頃(…実年齢がバレちゃいますね)、別冊少女コミックに載っていたシリーズ物をたまたま纏め読みする機会があり、その不思議な切なくも禁忌な世界に惹かれたのです。

思えば、この頃に培われた感性が今の私に繋がるのかもしれません。
「ひとでないもの」・「妖しいもの」・「異端・忌諱されるものへの憧憬」のような、この嗜好の基礎は。

この話は、妹の命を助ける為に幼くして吸血鬼になったエドガーの視点で描かれた連作シリーズ。
もとは人間であったエドガーの、「人で無くなった」、「時に置いてゆかれる者」のたまらないほどの哀しみは、まだ10歳くらいだった私にとっては大きな衝撃でした。

またそれと同時に、エドガーが時を止めた「14歳」と言う年齢は私に取っても暗示的な、一種の憧れを持った年齢にもなりました。
自分が14歳になるのを待つわび、その14歳が終るのを寂しく受け入れたものです。
マンガから色んなものを感じ、学んでいたこの時期。

今から見れば、限りなくオタクで痛い中学生時代でもありました。
それでも、それが「なければよかった」とは思いません。
詳しく思い返せば、恥かしさでのた打ち回りたい事のあれやこれやはいくつもあります。

この作品でモト様ファンになった私はそれから暫くの間、ずっとどんな小さなコラムや他紙での4Pほどの作品でも、ずっと追いかけました。
スランプになって、年若い私が見ても「あれ…、なんだか今までのような冴えがないなぁ」と言う時期も見ていました。
「アメリカンパイ」での復活を見たあと、光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」のコミックス化以降、すっと読む雑誌の対照が少女マンガから少年漫画に移り間が開いてしまいました。

今ではその作品を手に取る事もなくなりましたが(コミックが立ち読みできなくなった&雑誌を買う量を制限している)、それでもあの年少の時期、間違いなく私に取って本当に好きだった作家です。
そしてその作品は、今でも色あせる事無く好きな作品であり続けています。
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