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「月華覇伝」
月華覇伝2         (サイト掲載済み)

覇伝2-1 


【 月華覇伝 2 】


 言葉を無くした娘が目覚めたのは、いつもと違う臭いを感じたからだった。野鼠のように穴倉のほとんど地べたと言ってよい所で寝ていたその娘の鼻先を、雨で湿った空気と一緒に焦げた臭いと生臭い臭いが掠めた。

( あれ? なんだろう、この臭い。夕べ聞いた雷の音に関係してるのかな? )

 その時、ぱっと娘の頭に閃いたのは雷に打たれた森の動物の死体があるんじゃないかと言う事だった。今まででも何回か、背の高い木の上に雷が落ちるのを見たことがある。大抵もの凄い音がしてそのあとに、焦げ臭い臭いが辺りに漂っていた。もしかしたらうまい具合に、雷に打たれ倒れた木の下敷きになった動物がいるかもしれない。あまり大きすぎると困るけど、自分にでもどうにか出来るくらいの獲物だったら……。
 娘の瞳が生き生きと輝きだした。狸や狐なら自分でも捌けそうだ。肉は炙って、当座の食糧に。皮は綺麗に洗って干して、羽織れるように工夫したら寒さを凌げる。

( よし! 急がなくちゃ!! 他の森の動物達に横取りされないうちに )

 野に住むうちに鋭敏になった嗅覚で、娘はその臭いの元を手繰った。


 臭いを追って娘が着いた場所は、崩れた崖のところだった。崖の上から崩壊した大岩や土砂が小山のように積もっていた。どうやらこの崖の先に、雷が落ちたようだと娘は思った。そっと辺りを伺いながら、娘はその現場を良く観察した。土砂に押し潰されている生き物は最初、娘の眼には狼のように見えた。狼は仲間意識の強く群れを作る。それなら他の生き残った狼たちが近くにいるはず。迂闊に近づいて、こちらがやられてはたまらない。

( ……ん、なんだか変だな。狼じゃないみたいだ。犬にしちゃ見たことない種類だけど、遠くからきた山犬の群れかも。でも、それなら獲物を取りにきた他の動物達がいないのはどうして? )

 娘は小さな頭を傾げた。人間である自分でさえ気がついたのに、他の森の動物達が近くにいないのが気になった。焦げた臭いの種類もなんとなく、雷が落ちた時とは違うような気がする。

( あの死体、山犬かな? 山犬の皮って温かいのかな。肉は食べられそうな気がするけど、なんだかあそこはヤバイ、って気がするからやめておこう )

 娘はここは長居をしてはなんだかまずい場所のような気がして、その場を離れた。はりきって出かけて来ただけに、帰り道の娘の足はがっかり感で重い。まだ雨は残っていて、今日は町に出るのも億劫だ。

( まっ、いっか! 昨日はちゃんとごはんにありつけたし、今日は水でも飲んで過ごそう )

 そう娘は決めると、その足で娘だけが知っている森の奥にある古木の洞の中に湧いている綺麗な湧き水の所に向かった。ここの湧き水はとても美味しくて、夏は冷たく冬は温かい。谷川の水のように雨が降ったら濁って飲めなくなる事もないし、からからに干上がりそうな時でもこの湧き水だけは枯れる事はなかった。

「雨降ってるし、泥だらけになるのは嫌だもんね。残念だな、雷に打たれたのが山犬じゃなくて崖だったなんて」

 この娘の判断の正しさは、娘が立ち去ってまもなく現れた怪しげな者達の会話から知ることが出来た。つまりは ―――― 


「命拾いしたな、あの娘」
「はい、もしこの場に踏み込もうものならば切って捨てて、森の動物の餌になるところでした」
「雨が降ってなければ、そうなっていたな」

 娘の足音に気付いた曲者集団は、あの時岩陰から娘の行動を見張っていたのだ。そして、もし獲物欲しさにここに足を踏み入れていたら……。
 しばらく娘の去って行った方向を伺っていたが、戻ってくる様子は感じられなかったので男達は今までの作業を再開した。崩れた崖の岩や土砂を動かして犬の死体から何かを外し、目的の死体の有無を確認しては、また元に戻す。ぬかるんだ地面に自分達の足跡が残らないように、慎重に細心の注意を払いながら。

「刹那様、どうやら殺生丸はあの瓦礫の下に埋まっているようです」
「……あやつの死体を確認したのか?」
「いえ、まだですが……」
「ならば、それを急げ!! 犬達の背に着けた火薬箱の残骸を回収するのも忘れるな」

 そこに物見に出ていた者が、刹那の元に駆け寄った。

「刹那様、殺生丸の近習の者が近くまで戻ってきております。どう致しましょう?」
「聞くまでも無かろう! さっさと始末して来い!!」

 刹那の側にいた部下の一人が、そう物見に威丈高に言い放った。

「はっ!」
「いや…、待て」

 何ごとか考える風な刹那は、片手を上げると配下の者を呼び寄せた。

「これから先の事を考えれば、ここで近習の者を殺してしまうとまずいかも知れぬ。殺生丸はお忍びの旅の途中で、山犬の群れに襲われ運悪く落雷に遭い崖から落ち、崩れた崖の土砂の下敷きになったという方が波風が立たぬだろう。近習まで死んでしまったら、その事を都に伝える者がおらぬ様になる」
「はぁ、ですが……」
「崖から転落して死んだ主人の後を追ったように、細工でもするか? 過ぎた謀略は、小さな綻びで大きく破綻する。今は火薬箱の痕跡だけきれいに消して来い」

 
 雨宿りしていた邪見を探し出しようやく戻ってきた琥珀が見た光景は、一目見て嫌な予感がする光景であった。崩れた土砂や大岩の中に散らばる山犬の死体。その夥しい数と焼け焦げたような肉片。

「な、なんじゃ、この光景は…!?」
「山犬の群れに雷が落ち、そのあと崖が崩れたのでしょう。でも……」

 琥珀の栗鼠茶色の瞳が、この光景を見た時に感じた不安の元凶を捉えた。崩れた土砂の端に見えた、見覚えのある沓(くつ)が片方。そう、それは殺生丸の物であった。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 森の中を娘は歩く。昔は、この森の奥に湧く泉から水を汲むのが自分の仕事だった。その泉があるから、この森やそのまわりの乾いた大地でも、どうにか飢えをしのぐだけの作物を作る事が出来た。この辺りの農民は、この泉のありがたさを良く知っている。自分たちがただで使える唯一の水源である事を。だから泉から水路を引いてそれぞれの田畑に水を引くような事は、暗黙の了解のうちに禁じられていた。誰にでも使えるこの泉を枯らさないために。乾いた大地であるこの辺りには、雨が降ればすぐ濁る短い谷川の他に地表を流れる川はない。その谷川の水も、山の際で乾いた大地に飲み込まれてしまう。この辺りでは、地中深く掘り進まねば水を得る事は出来なかった。街中の井戸は、それを所有する者に水代を払わないといけないのだ。

 娘が見つけた古木の洞の中の湧き水は、その森の奥の泉から分かれて噴出した伏流水でもあった。山肌の斜面に根を下ろした大人の腕で三抱えほどある大木。娘が使う獣道に面して娘の眼の高さの所に丁度顔を覗かせるくらいの穴が開いており、その反対側にももう少し大きな穴が空いていた。娘は小さな穴の中にある岩盤の裂け目から湧き出す水を汲んでいた。おそらく娘より背の高い者なら、見落としてしまいそうな隠れた湧き水である。
 途中で拾った竹筒を水入れにして腕をその穴に突っ込み湧き水を汲みながら、娘の視線は偶然に洞の奥に向けられた。

 そしてそこで ――――

( ひっ!! 人が死んでるっっ!? )

 年経たその樹は、大人でも人一人くらいなら中に入れるほど内側が大きな洞になっていた。ささくれた樹肌に寄りかかるようにして、その人影はあった。まだやまない雨が水を汲む岩肌を薄赤く染めて流れ落ち、竹筒を傾けた娘の手を赤く濡らした。

( あ、でも……、まだ死んでるって決まった訳じゃないし…… )

 娘は気丈にもそう思い返し、確かめる事にした。もし本当に死んでいるのなら、ちゃんと森の動物達に食い荒らされないように埋めてやろう。その代り、もう使わないだろう持ち物なんかは貰ってもいいよね? と計算しつつ、反対にまだ生きているのなら、どんな事をしても自分に出来るだけの事はしたい思った。自分が何にも出来ずに目の前で人が死んでゆくのは、もう嫌だった。出来るだけの事をして、それでも駄目ならまだ諦めもつく。あの自分の声を無くした時から、必死に自分を庇ってくれた母親の顔を思い出すたびに、人が人を勝手に殺すのは許せないとずっと思っていた。何も出来ず、小さくなって震えているだけのあの時の自分が嫌いだから、今はそう思うようになっていた。

 山の斜面をよじ登り、下草や背の低い潅木などで隠されているその古木の反対側の穴から中を覗き込む。朝とは言え雨混じりのぼんやりした光の中、生気をなくして青白く見えるその人間の容姿が整っているだけに、ぞくりとした凄惨なものを娘は感じた。こっそり忍び寄りそっとその相手の顔に手を翳す。微かだが、娘は自分の手にかかる息の動きを感じた。ふいと、穴の中から外を見上げる。上の方からここに滑り落ちた痕が、怪我をして流している血と一緒に残っていた。

( あれ、消してきた方が良いよね。なんだか、そんな気がする )

 娘は穴から這い出すと、その滑り落ちた痕を遡って崖を上まで上って行った。崖の上は背の低い藪になっていて、大きな階段の平たい場所のようにそこからさっき様子を見ていた山犬達の死体が埋まっている崖崩れの場所が見えた。

( そっか。あの人、きっとあの犬達に追われてこの崖を落ちたんだ。それで、その犬達は、神様の罰が当たったんだね )

( それじゃやっぱりあの人が、まだ残っているかもしれない悪い犬達に追われないように、きれいに痕を消しておこう )

 娘の幼い頭の中で、全ての辻褄があっていた。


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