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完結編を応援する会

シンクロニシティ!(共時性) - ゆう 

シンクロニシティ!(共時性) - ゆう   2008/02/26 (Tue) 10:37:14

こんにちは~!杜さん、皆さんお久しぶりです♪
犬夜叉、目が離せない展開ですね~~!
杜さん素敵な「新・語り場」をありがとうございます♪リニュ祝い!?に今満開らしい河津桜の写真をお一つ。
さて、またも玉!(笑)話題なのですが、新しく入れさせていただきました。

曲霊が殺生丸、犬夜叉(&かごめ)のコラボレーションで滅せられかごめの霊力が復活!犬夜叉も正気に立ち返りましたね。
犬夜叉とかごめのあたたかい抱擁に、しばし見とれ、癒されていました。

あの時、真(ッパ)奈落の見つめる四魂の玉に不意に光が灯りました。

そして今、珊瑚が、臨界点の弥勒のために奈落を倒す千載一遇のチャンスをのがすまじと、りん&奈落に向って飛来骨を投げました。奈落が盾にするりんを殺しても弥勒を助けたい!珊瑚の切なる思い・・・。(だめだよ珊瑚ちゃん!どう見たって罠!ジタバタ・・)

その決断の瞬間、四魂の玉は禍々しい闇に覆われました。

怪しい怪しすぎる! っと言うかどうなってるの?

ということで今日はこの四魂の玉のシンクロニシティについての話題をお持ちしました。

実は、真(ッパ)奈落がでて来た時点で「ふーんなるほど!」という思いもあったのです。
既にあの「蜘蛛の玉に入った」時点で、犬一行、殺りんは「四魂の玉のなかに入った」のですね。
入場した時の奈落のインフォメーションは正しかった(笑)。永遠に戦うとか負の感情が玉のエネルギー源になるとか。

おそらく、蜘蛛の玉のなかは外界とは時間・空間も重力も隔絶した「四魂の玉の中の異世界」であると思われます。
色々証言もありますしね。
◆時間 中の人たち1日=外おそらく5日とか「戻るのが遅すぎる」「いつまで待てばいいんじゃ」by琥珀、七宝
◆空間 「外から見る以上に中は奥深い・・」by殺生丸。
◆重力 犬夜叉が上に向って打った冥道残月破が琥珀たちの目には蜘蛛の玉の斜め下から出てきた等。

蜘蛛の玉は奈落の肉体であると同時に、四魂の玉の内部と同じ異空間を包む結界。
そしてその中には核となった本来の四魂の玉が奈落の心臓の側に存在し、蜘蛛の玉全体とシンクロしている。
小宇宙と大宇宙のシンクロニティ。

もっと簡単に言ってしまうと、今奈落の目の前にある四魂の玉は巨大な蜘蛛の玉のモニター画面といったところでしょうか。
(”そのもの”なんですがこういう表現の方がわかりやすいかと)
だから居ながらにして奈落は蜘蛛の玉の中で起こってる事(エネルギーバランス)を把握できる。
(実際の映像や音声は奈落の背中から出てるパイプ?でやりとりしてるんでしょうね。りんちゃんもこれで送ったし。)

本来の玉の中にそう映し出されるということは、かごめや珊瑚が肉体を置いてるその空間が霊的に浄化されたり、どす黒く染まったりしてるってことでしょうか。うぉ~凄い。かごめも、珊瑚もその思いは想人に対する真摯な愛から発してるのに・・・。
何か象徴的ですね。一人の人間の心の変化がその世界全体に波及する・・・。

皆様は、どんな風に思っていらっしゃいますか?



行き着くところは心の深淵? - 杜   (2008/02/28 (Thu) 14:56:59)

こんにちはv 
そしてお帰りなさい、ゆうさん(^^♪

「犬夜叉」と言う物語は、四魂の玉に始まって四魂の玉で終わる物語と言えそうですね。

四魂の玉=『心』なのは今更言うまでもないこと。
『心』の在り様が、正しくあるのか曲がっているのかで、見せる顔が違ってくるんですよね。

最初から四魂の玉は、『闘気』を多く含んだ玉でした。四魂の玉の中では今でも翠子の魂と妖怪どもの魂が闘い続けていると言う…。

シンクロニティ的に置き換えると、それぞれの心の様相が何重にも重なって、あの結界を作っているんでしょう。
そのシンクロした部分を軸にそれぞれの結界の中を行き来しているとしたら、結界の全体像は中の者には掴めないかも知れませんね。

一人の心の色が(正であれ邪であれ)、他の結界にも影響を与える。同じ所にいるようで、実は同じ所にはいない。

心の深淵については、あとで書き足しますね。
一旦、投稿します。


殺生丸の行動・そして万華鏡! - ゆう   (2008/03/01 (Sat) 11:13:34)

こんにちは♪
杜さんの感想「消える矢」の後にこの文を入れさせていただこうと思って来たのですが、杜さんこちらに書き込んでくださっていたのですね。ありがとうございま~す♪
杜さんのお考えでは
蜘蛛の玉の中で、様々な結界が重層的に重なり合い影響しあっている、その中で各人は自分の心の深層に囚われ孤独である・・・。と考える。
そういうイメージ?でしょうか・・・、次の書き込みをワクワク待っていますv

それで、シンクロニシティとかなりかぶるので、私の「消える矢」でのプチ発見をこちらに入れさせていただきます。

今回の「犬夜叉」もいいですねぇ!ストーリーをつかむために、勢いよく読んだあと、構成の妙、せりふのオモシロさ、あまりの各人の表情のよさに食いいるように何度も読んでしまいました。はぁ~!(満腹)ここのところの犬夜叉は本当に御馳走です。

注意深く読むと不思議なというか面白い事に気が付きました。

こちらにいらしてる皆様は、リアルタイムで犬夜叉の連載を追ってらっしゃると存じますが、その方々にもチェック頂きたいです。

1つめ注目◎ 殺生丸は出現の寸前に、飛来骨を自分の左手へ払い飛ばしていますよね?・?
 奈落とりんに向って投げられ、宙を切って戻ってきた飛来骨の軌跡はあのまま行くと、自失した珊瑚を直撃していました。
 「(薙ぎ払った飛来骨で)俺を狙ったんならおかど違いだぜ?」と白夜が。しかし、むしろ、殺生丸は珊瑚を守った!?(@@驚嘆!)と思えたのは願望でやんしょうか?
  なに?ーー“お手打ち”にする前に事故るのは許さんーーとな?!

どうですか?どう思います?

あと、かごめの矢で奈落の左肩が切り落とされた後、百夜の左肩にも同じ現象が・・・またまたシンクロ!ですね。
・・・ですが、よく注意してみると・・・実はこれだけじゃぁない!

2つめ注目◎ 琥珀を閉じ込めていた「肉塊」の檻の肩?にも白刃の走るようなダメージが、それを皮切りに、奈落の「肉塊」それぞれにダメージが
(犬夜叉たちの走る足元でも)雪崩現象のように起こっていませんか?・?
 
するってーと白夜言うところの「本体」奈落(+玉)の状態はそのまま→全体の各々のパーツ(分身・肉塊)に波及する?まるで、万華鏡の中みたいに?なんつーかフラクタル構造という感じですね。(すみません微妙に江戸っ子口調)

どうでしょう、皆様どう見ます?
お一言でもいいですからお見立てを!どうぞ。


「奈落弱っ!」 - ゆう  (2008/03/07 (Fri) 11:29:57)

と今回犬夜叉「中心」の回を見て、思わず・・・口走ってしまいました。
あなた、かごめの矢で半身吹っ飛ばされていたんですか?!めちゃめちゃ当たってんじゃん!!
おまけに、そこ(中心)から逃げるすべも、駆けつける犬夜叉達を阻む手立てもなかったと?
もう、背水の陣ですね。殿!

「かごめ強っ!」
ということは、やはり曲霊の消滅によって、かごめの霊力の封印は完全に解かれたということなんでしょうか?まさに最終回目前という感じがしてきました。

な、なんだか納得がいかないなぁ。
翠子とか、桔梗とか、奈落の赤子とか・・出てこないのかなぁ?(遠い目)

四魂の玉 そのまま、太極図になってましたねv
共時性はシンクロ二シティが正しいのです。うっかりしてました。もうしわけありません(>v<)。
訂正に参りました。お詫びに頂き物の太極図を・・・貢物です。

杜さんお引越し頑張ってくださいねv



奈落の「絶望」と「望み」 - ゆう   (2008/03/24 (Mon) 15:49:17)

お久しぶりです。みなさま。
次号、奈落は霊剣、鉄砕牙の犬夜叉の冥道残月破の「斬る」攻撃にて、物理的に成敗されてしまうのか?
という状況ですね。
いろいろ、微妙なんで、静観しようと思っていたんですが・・・
一陣の風 えむさんの 犬夜叉考察日記を読んでおもわず唸り、触発されたのでこちらに書き込ませていただきますね。
みなさまも是非↑大局的な見方と抜群の考察センスに溢れたえむさんの犬夜叉考察をご覧下さい!

私のみなさまとお話したいと思ったのは、実は、以下のことです。

「絶望」を読んで、奈落の言葉が気になっていました。

「法師と珊瑚の悲しみが闇に力を与えるーーー
皮肉だな・・・思い合えば合うほどに・・・絶望は深い・・・」

これは・・。これを、他ならぬ奈落が言うとは・・・!
・・・・奈落が自ら経験したからこそ言えるのではないかという気がしたのです。
だからこそ、奈落の血肉を甦らせる程の身に馴染んだ「闇」なのだと。

(そう、いみじくも今回「絆の大切さを知っているからこそ、それを失う苦しさがわかる。」とかごめが言ったように(<ちょっと凄すぎってか出来すぎです、かごめさま;)

弥勒は言っていました。珊瑚が自分と一緒に風穴に飲み込まれるようなことがあったら、自分が死ぬよりつらいと。
珊瑚も自分の命、そしてりんの命にかえても、弥勒に生きて欲しかった。
二人は今、自分が死ぬ事より、相手が死ぬ事に絶望している。
しかも、それは、自分のせい(自分の力が及ばなかった故)だという慙愧の想い。
それほどまでに互いを思い合っている、・・・それはなんの救いにも光にもならないんですか?
白霊山で「ここで、一緒に死ぬ」と初めて珊瑚がすがって言った時、弥勒の顔には安らぎに近いものが浮かんでいました。
愛し合うものが「共に死ぬ」のはある意味甘美な幸せではないのでしょうか?

しかし、あれから時が流れ更に深く相手を想い愛しみ、共に生きる、それが出来なければ自分は死んでも相手を生かしたいと、彼らは思うようになった。それゆえの闇。

うーん。そんな状況が奈落にあったでしょうか。

・・・・・奈落はあまたの妖怪にその身を食わせた鬼蜘蛛が変化したもの。
妖怪化したその直後、桔梗を襲い致命傷を与え、四魂の玉を奪った。
ここまでは、間違いなく、妖怪奈落の仕業です。妖怪の望みはこのまま逃げれば完結。

しかし、奈落は玉を桔梗の守る杜に返し、桔梗に変化して犬夜叉を裏切り、犬夜叉に奪わせ、桔梗に犬夜叉を殺させようとした。

つまり最終的に桔梗の手に四魂の玉が帰るように仕向けた。

これは、明らかに自分から桔梗を奪う犬夜叉を憎み、桔梗を慕う鬼蜘蛛=人間奈落の所業でしょう。
桔梗は「すさまじい鬼蜘蛛の嫉妬の念」がそうさせたと・・・。
しかしそれだけでしょうか?

人間奈落は、桔梗に生きて欲しかった・・・
四魂の玉を使って彼女の意志で「生きたい」と願って欲しかった。
それを焼け付くような思いで念じた。

障気の毒で死に行く珊瑚の肩を抱き「どうして・・・」と
つぶやく弥勒の心は・・・。

実はその部分だけ切り取るとその時の奈落の気持ちそのものではなかったか。
桔梗、どうして・・・どうして死ぬのだと。

それほどまでに奈落の桔梗への執着、恋情は深かった。
桔梗が死ぬ・・それは耐え難い事だった。
しかも直接的に彼女に致命傷を負わせたのは他ならぬ、妖怪の自分。
その肺腑をえぐるような慙愧の念。

しかし、人間奈落の「望み」はついえ、桔梗は死んだ。
そして、奈落の人間の心も「絶望」の闇の中に落ちていった。

そんなことを想像してしまいました。
Ikuさん奈落の抱える「虚無」風穴に繋がるそれもその「絶望」から来ていると思いませんか?

それでは。


絶望と望みは表裏一体:その1 - Iku  (2008/03/26 (Wed) 21:45:28)

ゆうさん、皆様こんにちはv 

この「シンクロ二シティ」(難しい単語だ…)、思わず辞書を引いてしまいました。(^^ゞ

シンクロ二シティとは、共時性、意味のある偶然という意味だそうですね。
参考:ユング心理学>共時性(シンクロ二シティ)http://fromes.info/shinri1-yung/4kyoujisei.html
実はよく理解できません…。_| ̄|○

第544話「中心」の直ぐ後にこちらにお邪魔しようと思っておりましたが、どうにも頭がパニックしたままでしたので(実は今も)、難しいことはよく分からないまま、ゆうさんが展開される論をうんうんと素直に楽しませていただいておりました。
なんというか、私的に感じたものは、個々の心が玉のありようにダイレクトに反映されるシンパシー(共鳴)といったものでしょうか?
犬夜叉の、かごめの、弥勒の、珊瑚の、そして546話「奈落の望み」ではとうとう奈落の心まで。

原作のサブタイトルに、「(珊瑚と弥勒の)絶望」と「奈落の望み(希望)」というタイトルが二週に渡って並んでおりましたが、光あってこそ闇がある。望みあってこそ、絶望がある。
そんな相反する存在こそが、表裏一体の存在であるのだととても強く感じました。

私は、心の持ちよう一つで、絶望的な状況も希望へ変わると思うのです。
その一方で、ちょっとした心の揺らぎで、幸せな未来を夢見ること、頑張れると思えることも、八方塞がりの絶望へと変わります。
それは本当に些細なことです。

珊瑚の絶望は直接的には弥勒が珊瑚のためを想って離れたことによると思います。
けれど、その前に布石がありました。
弥勒の父の最期は既成の事実だし、弥勒にもそんな可能性があることはこの戦いに参戦する前から分かっていたことでした。それでも、奈落によって見せられたあの映像によって珊瑚にも弥勒にも、改めて弥勒の近い将来にそれが現実となりうる可能性というものを改めて映し出し、その可能性を奈落がこの時生まれた恐れを、風穴を開かせることによって少しだけ現実に時を進めたら、あとは、それぞれの心に生まれた“間に合わないかもしれない”といった懐疑心から絶望へと、互いを想うゆえにそれぞれが堕ちて行きました。
ここら辺りの絶望への転落の過程は、奈落が少し言葉を投げかけるたびに面白いように転げ落ちて行きました。(犬夜叉の時もそうでしたが)

だからこそ、逆に希望に向かうちょっとしたきっかけさえあれば、彼らにも希望が生まれるんじゃないかと簡単に思っている私ですが、奈落はこの「シンクロ二ティ」というものを偶然を装って、とても効果的に意図的なちょっかいを出してます。
「シンクロ二ティ」という点で見ると、絶望への道を開いたのは、実際のところ、犬夜叉の絶望の闇を払ったかごめの光でもあるのですよね。
絶望と希望が交互にめぐるましくその折り重なるように反転するさまは見事だと思います。



長過ぎましたので、跳ねられました。
続きます。(^^ゞ


絶望と望みは表裏一体:その2 - Iku  (2008/03/26 (Wed) 21:46:55)

ゆうさんの奈落の絶望についての読み、とても斬新で面白かったです。
私も、奈落がかつて、「なにもない」と語った裏には、「(桔梗を永遠に失ったわしには、望みなど)なにもない」と解釈した私ですが、そこまで、桔梗の「生」を乞い願った人間奈落の心のうちは想像もしませんでした。
私はいいとこ、自分の基準では絶対に生を選ぶと思ったのに、桔梗は死を選んだ。それが理解できなかった。自分と同じようにさもしい願いを抱いて、自分と同じ所まで堕ちて来る桔梗を待っていたのかもしれないと思ったのです。奈落は人間なんてそんなものだと思っていたんじゃないかと。

何でも願いを叶えるとされる四魂の玉に願いをかけて、
絶対に手に入れられると自信を持って弄した策に、桔梗は応えてくれなかった。
その時、永遠に桔梗は目の前から失われ、玉も消えた。
そして、人間奈落は絶望した。

再び、四魂の玉が蘇り、桔梗も蘇った。
人間奈落は再び桔梗を求め、一方で妖怪奈落は桔梗を疎む。
相反する心を抱かえたまま、今度こそはと策を弄しても一度目と同じ結果に終わる。
更には、一度目で成功したはずの犬夜叉と桔梗の憎しみ合いも昇華して消える。

奈落はとことん救われませんね。
二度にわたって、完膚なきまでに絶望を味わったと思います。
それでも、そんな桔梗に囚われた「自分」というモノが消えてなくなってしまうことを、奈落は恐れたんじゃないでしょうか?

「我思うゆえに我あり」
あまりにも古典的な言葉ですが、それが四魂の玉を本当の意味で使えなかった理由かなと思います。

絶望した自分が悲しい。それでも、桔梗を愛したいう事実は忘れたくない。けれど、自分の想いが「愛」だとは認められない。
それこそが彼にとっての心の中にある宝物なのではないでしょうか?

彼に心の安らぎってあるんでしょうかね。
案外、それほどに愛していたのだと認め、泣くことができれば救われるかもしれないですね。
かごめちゃん、桔梗への嫉妬を気高くも乗り越えたあなただからこそ奈落を救ってやれると期待しています。^^

ゆうさんが振って下さった奈落の絶望由来の「風穴」
これは凄い発想じゃないでしょうか?
あり得そうな気がします。
となれば、絶望を払えば、道が開けるかもしれませんね。^^
今週号で、弥勒は「それでも珊瑚だけは生きてほしい」と、少しだけ絶望の淵でも光を望みました。
珊瑚にも、「まだ全ては終わっていないじゃない」といった希望を見てほしいですね。
自分ではなく、それぞれが愛する人の上にある希望に気づいて、自分の上にもまだ終わりは来ていないことを思い出してほしいものです。

まだ生きている――それこそがすべての希望の光だと。


美味しいお話への誘いをありがとうございました。
えむさんの考察、分からないとおっしゃる部分は分からないと、静観すべきは静観すると、そして鋭く切り込む考察にわくわくいたしました。

近しい発想もある。異なる発想もある。それぞれが重なり合って、一つの世界を眺めている。
とても楽しいです。^^
杜さんの復帰も待っております♪(でも無理しないでね)

おお~、蛇足ばかりで長いぞ!



こうして離れてても同じテーマを考えてるのはシンクロニシティでは?笑 - ゆう   (2008/04/01 (Tue) 18:13:58)

おお!Ikuさん♪お待ちしてました。
こちらに、書き込みしてくださって、うれしいな!(踊っています♪)
こちらは、さくらが満開です⇒

「斬る鉄砕牙」先週は将にそれでしたね!Ikuさんの予想はばっちり的中です!
「次回最終回」はなくってよかったぁ!買った最初に確かめちゃいましたよ(!)

ごめんなさい。シンクロニシティ耳慣れなかったですか?調べてくださったんですね。うれしいです。
そして、さっそくに御指摘ありがとうございます。
そうなんです、弥勒と珊瑚、そして奈落に繋がる闇のお話は、Ikuさんの仰るように、「共時性」というより、日本語では「共鳴」というタイトルが合ってますよね。

私も「光について」に入れようか新スレッド「奈落の望みと絶望」とか立てた方がいいのかなと思ったのですが繋がりがあるので結局こちらに。

(ただ、英語はシンパシーというと同情とか感情移入するニュアンスが大きく、この場合共感というより、個人的好悪の感情とは関わりなく圧倒的なエネルギーが流れる感じなので英語なら物理用語のresonance(同調)でしょうか。)

>ここら辺りの絶望への転落の過程は、奈落が少し言葉を投げかけるたびに面白いように転げ落ちて行きました。(犬夜叉の時もそうでしたが)

そうです。奈落はまるで、催眠術師のごとく相手の心に同調を生む言葉をなげかけ、相手の心を闇に墜としてきました。
珊瑚はもとより、あの白心上人さえ、術中にはまった。白霊山以降は更にパワーアップ、かごめすらも、その餌食になりそうだった。
それは取りも直さず、奈落がその苦しみ、絶望を身をもって知っていたからこそ出来た事なんだと。「犬夜叉は来ない・・犬夜叉は桔梗を選んだのだ」そのまま犬夜叉と桔梗を入れ替えれば、鬼蜘蛛のせりふです。けれど、その言葉の呪縛は、完全に心に沿うものでなければ催眠力を失う。「心の闇」で奈落の赤子が「はずした」のは「桔梗が死んだと聞いた時、おまえは嬉しかったろう。」だと思いますね。犬夜叉の悲しみを思い、かごめがその時、感じたのは強い衝撃と痛みだったでしょう。だからこそ、「あんたの言ってる事は全然違う。」と、かごめは自分を取り戻すことができた。

つまり奈落には自分に邪魔な恋敵である犬夜叉を殺すことが、桔梗の心をもう生きていけないほど傷つけた という観点が欠落してるんですよね。だから、桔梗が玉を抱えて死んだのが理解できなかった。

>自分と同じようにさもしい願いを抱いて、自分と同じ所まで堕ちて来る桔梗を待っていたのかもしれないと思ったのです。奈落は人間なんてそんなものだと思っていたんじゃないかと。

そう、そう、わたしもそう思っていました。たかだか得ようとした女=「獲物」を四魂の玉ともども取り逃がした獣の苛立たしさではないか とすら。
実際、犬夜叉達の前で「おろかな女」と桔梗の事を得々と語った奈落自身が、そう思っていたのではないでしょうか。

しかし「まがい物の体」を持った桔梗の復活によって、奈落の中に眠っていた人間の心が蠢きだした。
もしも、肉欲のみの対象であればほとんど意味を成さない存在。しかし、桔梗の姿とまなざし、そして声、その語る言葉を聴けば記憶もそのまま桔梗の心。
それに恋焦がれ翻弄されるのは、鬼蜘蛛が桔梗のすべてに惚れていた証拠。

皮肉な事に、奈落は白霊山でその「想い」を分離しようとする過程で、「想えば想うほどに・・・絶望は深い・・」と悟ったのかもですね。

とにかく、今回、想い合う珊瑚と弥勒の「絶望」が奈落に劇的にシンクロしたことで、奈落の「絶望」を再認識いたしました。

>まだ生きている――それこそがすべての希望の光だと。
この大切な言葉に胸いっぱいの共感を!



「絆」について - ゆう   (2008/04/06 (Sun) 12:59:34)

えっと春爛漫、桜吹雪の日曜日、皆様いかがお過ごしですか?
ちょっとスレッドのタイトルとズレますが、「絆」について春の宵に思い浮かんだ妄想(笑)書かせていただきますね。
Ikuさんへのレス、そしてえむさんの考察への共感の意味もあったりしますのでこちらに・・ヨロシクです。

「絆の大切さを知っているからこそ、それを失う苦しみがわかる」
この、かごめの奈落へのせりふに、私が、違和感を感じたのは、彼女が、現代っ子に似合わない「絆」という言葉を使ったせいなのかもしれないと思いました。
逆に、それが作者が印象付けたい「キーワード」である可能性もあります。
「絆」と言う言葉でしか言い表せない「何か」。
それは、かごめと犬夜叉の間柄にもあるからこそ、かごめの口から自然に出てきたとも考えられるのです。

「絆を失う苦しみを知っている」奈落なのだとしたら、その絆は桔梗との事としか考えられない。
「絆」というのは断ちがたい恩愛、離れがたい情実とあり、文字通り繋ぎとめる綱でもあります。

その言葉で、奈落を振り返れば・・・
確かに、今まで奈落はストーカー呼ばわりされてきたけど(実際そうだけど^^;)、最初に瀕死の奈落(鬼蜘蛛)を生き返らせたのは桔梗ですよね。献身的に昼夜を分かたず手当てをしなければ、酷い怪我、そして全身火傷を負った人間を回復させるなど無理でしょう。二人の絆は桔梗の方が結んだともいえます。命をとりとめたとはいえ、自分が行かなければ数日を待たず死んでしまう鬼蜘蛛。情愛深く、責任感の強い桔梗の事だから鬼蜘蛛が死ぬまで面倒を見るつもりだったのだと思います。(犬夜叉と「この村で暮らすこと」を望んだのも鬼蜘蛛の存在が関わってるとすら思えます。)
鬼蜘蛛も深く信じていた。「桔梗は俺を絶対見捨てない・・・!」
桔梗と鬼蜘蛛の間には余人の割り込む隙のない「絆」が確かに、存在した。


そういう風に考えるとですね、奈落が自分の心臓(人間の心)を赤子として分離したのは象徴的に思えるんです。最初は私もあれは、奈落の「生への執着、自己愛の権化」かなぁ。とか思ってたんですが。でも・・・。
ここに来て、奈落の中の人間の心に「生への執着」はさほどない。むしろ・・・こんな風に思えてきました。
桔梗に焦がれる奈落の心は様々な想いが渦巻き混在していた、その中でどうしても捨てられず、しかも苦しみの元とならぬ核となる心=絆の表現が赤子の姿としたら・・。

そこで、突然、思い出すのはあのシーンです。(26巻「邪な気配」)
奈落本体と白童子が、鬼の腹の中で犬夜叉たちを全滅させようと目論んでいたあの時、奈落の赤子は、桔梗の前に姿を現した。神無に抱かれた姿で、無防備に。
それに対して桔梗は即座に矢をつがえ射ろうとした!
それを阻もうと、ボディガード(笑)魍魎丸の桔梗への攻撃→魍魎丸への桔梗の反撃。
そして、桔梗は、「逃がさぬ!」と間髪を入れず赤子への迷いのない破魔の矢!を放った。神無は谷底に身を投げて逃げましたが。

あの時奈落の赤子は 桔梗に会いに来たのではないでしょうか。(桔梗も訝しく思っていました。いきなり本命に出会ったのは僥倖か?それとも?と)

では、何のために!?
おそらく・・・・・・どんな形でも桔梗に受け入れて欲しかった・・・(<妄想!?)。
しかし、桔梗には、奈落に対する憎悪、そして奈落の心臓(赤子)を破魔の矢で打ち抜くこと
その一念しかなかった。
あれは奈落の「人間の心」にとっては衝撃であったのではないかと、今にして思います。
奈落と桔梗との生前に、あった絆は白霊山以降、完全に失われたってことですよね。

いや、新たな絆、激しい憎悪と言う名の絆が。それは奈落の次元にまで一度桔梗が墜ちたと、同義だったのかもしれません。
だからこそ、桔梗の中の奈落の瘴気は完全には消えず、桔梗は奈落の蜘蛛の糸を自力では、振り払えなかった。

でも、奈落は策を弄して行くほどに、何度も繰り返し、自分自身を更なる絶望に陥れてるようです。桔梗の最期の時もそうでした。
そう、Ikuさんのおっしゃるように妖怪、人間、相反する心ゆえに何度も・・・。
そして、その想い(人の心)を失いたくない故に「四魂の玉」を使わなかったとしたら・・・
彼はサディストに見えて究極のマゾヒストかもしれませんね(苦笑)。

こんな風に「絆」と言う観点から奈落と桔梗を見てくると、「犬夜叉」は、犬夜叉とかごめ(&仲間達)のハートフルな物語であると同時にーー

その背後に、奈落と桔梗の「絆」の物語が丹念にそして空恐ろしいまでに、描かれてる事がわかります。

皆様はどんな風に思われますか?
長々と失礼致しました。


珊瑚の中の奈落の瘴気 - ゆう   (2008/04/22 (Tue) 18:51:09)

犬夜叉が冥道残月破でフラスコのような奈落の結界を吹き飛ばして以降、奈落本体と分身、蜘蛛の玉のシンクロは止まったみたいでしたね。

斬る冥道残月破で犬夜叉が奈落を砕いたのに、白夜には何のダメージもなかった。
(しかし、白夜、クールなままあっけなく、死んじゃいましたね~。殺生丸との飄々とした会話がとってもツボだったのに(泣))

奈落の蜘蛛の玉の小宇宙はすっかり犬夜叉と殺生丸に分断されてしまったようです。

でも、ここに来て「集結」した「仲間達」の希望で奈落の持つ四魂の玉に光が甦ったと奈落が言っています。

あれれ、すると四魂の玉と皆の気持ちの共鳴は奈落の仕組んだシステムじゃなかったようですね?これは驚きでした。
しかし、そう言いつつ、瞬く間に奈落に穢される玉・・・・。

なんだかなぁ・・・この容易さ、奈落の持つ四魂の玉の中に一点の光を点した桔梗との時の奈落の熾烈な戦いを思い出すと、、釈然としません。
そうか、逆に、あれがいかに難しい事だったかということなのですね。


あと、重大なシンクロニティがもう一つあったことに気がつきました。

奈落の弱体化→奈落の呪いが弱まる!→風穴の傷の縮小。
それだけじゃなく

奈落の弱体化→それ以前浴びた奈落の瘴気の毒が薄まる→珊瑚や弥勒の体内の瘴気が減り、二人は戦闘可能に!

つまり、呪いだけでなく、瘴気も奈落が死ねば消えるということです。
これは、かなり重大です。瘴気自体が不可逆なダメージを人の体に与えないということですから。

呪いも瘴気も奈落からの継続する悪意がなければ実在しないものなのでは?

とすると奈落さえ倒せば桔梗の中の瘴気も消えてたということですね・・・。

少し書き換えました。
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