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「月華覇伝」
月華覇伝1         (サイト掲載済み)

覇伝1-3 



 娘は今日の収穫に満足して、町外れと言うよりはもう野中の穴倉のような自分の住まいに戻った。西の山辺の入り口近くにある娘の住まい。もともとあった横穴を自分の手でもう少し掘り進め、自分の住まいとしていた。土のままの床には枯れ草を敷き、出入り口は藪を石で止めて戸口の代わりにしていた。本当に野鼠のような娘である。ここに帰ってくれば後はもう寝るしかない。枯れ草の上に横になり、ふっと娘は気がついた。

( あ…れ? 枯れ草が湿っぽいな。久しぶりに雨が降るかも )

 うとうととしながら、そんな事を思う。夜中すぎ、娘は大きな雷鳴を聞いた。どおぉおおんという、地響きで土の床が揺れた。寝入っていたせいか稲光の激しい光は気付かなかったが。不思議な事に、その雷はただ一度で収まった。その後で、娘が予感したとおり雨が降り出した。



 不覚であった。

 常に自分の周囲に対し警戒怠り無く過ごしてきたのに、こんなところでこんな罠に嵌まろうとは。余りに戻らぬ従僕である邪見を琥珀に迎えに行くよう出したあとの事。このあたりの猟師らしき一団と行きあった。集団で山狩りをする。もしここで一晩明かされるのなら、手負いの獲物が飛び出してくることもあろう。迷惑をかけるかも知れぬ故、これを渡しておこうと言って、目付きの鋭い長らしき男が殺生丸に塗り薬のようなものを渡した。

「これはなんだ?」
「われら猟師秘伝の傷薬。手負いの獣は常ならぬ力で暴れるもの。普段おとなしい動物でも牙を剥き、爪を立てる。もしそれで手傷を負われたら、それで手当てをされるがよかろう」
「ほう。これが『薬』ではなく『毒』かも知れぬのに、この私が受け取るとでも」

 明らかに挑発的な殺生丸の物言いに、その長らしき男は自分の腕を猟刀ですっと切り付けた。皮一枚より少し深く身を切りつけたのか、猟刀を外した途端、その刃に長の腕の血がついて滴り落ちた。その傷に、長は殺生丸に渡した傷薬を塗りつけた。半透明の薄黄色の塗り薬と流した血の色が混じって、落日のような色合いになっている。塗ってしばらくした後、長はその傷口を腰にした布で拭ってみせた。
 腕には赤い線が一本引かれたような感じで、もう出血は止まっていた。

「血止め・化膿止め・痛み止め。傷口を塞ぐ効用もある。滅多な事では他人には渡さぬ妙薬だ」
「確かに、毒ではないようだな。だが、なぜ私に?」
「……貴方様はご身分を隠されておいでのようだが、それなりのお方とお見受けいたした。それ故に、失礼のないように振舞ったまでの事」
「そうか、ならばもう行け」

 男達はその薬を殺生丸に渡し、山の中に入って行った。

 それからしばらくして、山の中が騒がしくなる。獣の声や走る足音、声や足音を潜めたあの男たちの気配。その騒がしさがこちらに迫ってくるように感じた。

「場所を変えるか……」

 そう呟き、腰を上げた殺生丸の目の前に飛び込んできた獣。あまり見たことの無い種類の大型の犬。その犬の背に ――――

 嗅いだことの無い、不吉な臭い。その背に括り付けられたモノに繋がった紐のようなものの先がぱちぱちと燃えている。そんな犬が何匹も殺生丸目掛けては走り寄ってくるのだ。身の危険を感じ殺生丸は、その場から走り出した。その殺生丸を、犬達は一糸乱れる事無く追いかけてくる。まるで殺生丸と犬たちの間に見えない綱でもあるように。犬たちの背中につけられたものから延びている紐の長さは段々短くなっている。長年培ってきた勘が、最大級の危険を殺生丸に告げている。

「くそ! 嵌められたか!!」

 今までも、殺生丸を暗殺しようと様々な刺客が送り込まれた。毒薬使いもいれば、剣の達人もいた。体術の名人や卑怯にも焼き討ちをかけようとした者も。そのいずれにも負けた事の無い殺生丸であったが、こんな動物の使い方をするなどとは予想もしなかった。
 飛び掛ってきた犬の一頭を素早く切り捨てる。どの犬もまるで狂犬のように興奮し、凶暴さを露わにしている。じりじりと殺生丸は崖っぷちにまで追い詰められていた。ぽつりと雨の一粒が落ちてきた。ますます状況が悪くなりそうだと殺生丸は思う。自分を追ってきた犬の数は二十頭余り。自分の後ろは崖、前は狂犬のような犬の大群。血路を開くには、この犬達をことごとく葬り去るか、自分がこの崖を飛び降りるかのどちらか一つ。

 どちらがより実現的かと言われれば、自分の腕に有り余るほどの自信がある殺生丸にとって、犬達を切り殺す方が容易いと思わせた。

「よし。ここでならば後ろを取られる事だけはなかろう。かかってくるならば、かかって来い!!」

 亡き父の形見・天生牙ではなく、剛剣を鍛える事では手段を問わぬ事で悪名高い刀鍛治に自ら打たせた闘鬼神を抜き放った。その殺生丸をあざ笑うように、犬たちの後ろからあの声が響いた。

「狛與の国王にして、いまだ第一皇子である殺生丸様。貴方様の神業のような剣の腕前は存じております。どうぞ存分にその犬たち相手にその腕前を披露されるがよい。砕け散る前の、最後の舞いとなることでしょうからな」
「やはり、お前……。猟師などに身をやつしていたが、刺客か! どこの手のものだ!!」
「死に行く貴方様には必要の無い事。さぁ、その犬どもが待ちかねておりますよ。相手をしてやってください」

 犬の背後から出てきたあの男は、口に笛のようなものを当て高いかすれたような音を出した。その音が犬達を刺激し、なお一層に狂い立たせる。

「おや、まだお持ちですか。あの時渡したあの薬を。実はあの薬の中に犬達を惹きつけ狂わせる香りを混ぜていたのですがね」
「 ――― !! ――― 」
「ああ、それから。もし助かりたいとお思いでしたら、今すぐにでもその犬たちの囲みを抜け出さねばならないですな。恐ろしい事が起こるまで、もうさほど猶予はありませんから」

 その猶予の意味が、犬たちの背中に関係していると咄嗟に判断する。犬たちの注意を逸らせればそこに活路が見出せると、殺生丸は先ほど渡されたあの薬を崖下へと放り出した。何匹かの犬たちがそれを追って方向を変えた。隙は出来たが、その犬達の背後にはあの時猟師の一団に扮装していた刺客達が待ちかねている。迂闊にそこに飛び込むのは、虎の口の中に飛び込むようなものか。

「ああ、そろそろ……。時期を逸しましたな、殺生丸様」
「な…っ!?」

 崖下で閃光が走る。それと同時に殺生丸の近くに寄って来ていた犬達の背中からも轟音と閃光が轟き渡り、その衝撃をまともに喰らう。


 爆風 ―――


 正史ではまだ先の事ではある。一部の者のみの秘伝として伝えられてきた古代の火薬が今、殺生丸のすぐ側で炸裂し続けていた。決して剣技では切開く事の出来ない死者の使いとして。


 あの娘が聞いた雷鳴は、この音であった。

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