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思うこと色々

早いもので… 

犬夜叉完結から2ヶ月近くが経とうとしています。
あの最終回からの『萌え』を2本のSSに託し、今はかなり落ち着いた気持ちで過ごしています。

サンデーは今も毎週購読しています。
本誌の中に犬夜叉のページはなくても、「犬夜叉」のタイトルが消えることはありません。
むしろ終ってしまった寂しさよりも、「完結した」事により「動き始める」何かがありそうな、そんな胎動の予感にワクワクしているこの夏です。

その一つに原画展での新作アニメの上映。
犬夜叉第1部と呼びたいアニメ作品のWEB配信。
作品連載とは違うスタンスでのメディアの動き。

何かあるかもv 夢を見たい気持ちが強くなっています。
そう例えば原作が完結してからアニメ化されヒットした「デスノ」のような流れのようなものを。

原作連載中はその作品はまさしく「生き物」
その時の作者や周りの空気を受け、微妙に左右される部分があると思います。大よそのプロットと、幾つかの結末の形を基にしての連載開始なら、その途中で作者自身予想もしなかった展開が入ってくることもありなのは、趣味とは言え5年も(…過去歴合わせれば20年近く)二次小説を書いてきて、少し長めの話を書いた事があるだけに、なんだか判るのです。

自分の中から引っ張り出すものなのに、なぜこの話はこうも動かし辛いのかとか、このキャラはなんで言うことを聞いてくれないのかとか。何よりもなんでこんな展開になるのだろう? と自分でも予想もしなかった展開に転がってゆく体験は何度もしました。

そこを上手く制御して、作品に仕上てゆく事が出来るのがプロ。
でも思うのです。
プロだからこそ、アマチュアと違い自分の描きたい物よりも読者の望む大極的な展開にしないといけない場合もあるのだろうと。
10描きたい事があったとして、それを全部描ききる事は難しいのだろうなと。
この部分を描きたい! と思っても、そう描いた本人の思ったようには受け取ってもらえず、やむなくその展開を収束させねばならなかったりとか。

ある意味、「犬夜叉」と言う作品は高橋先生にとってはカオス的実験だったと思うのです。

デビューが鮮烈すぎて、その後コメディー作家として大看板を背負っている留美子先生。
るーみっくワールドの成分表示は、コメディ6:SF1:恋愛(ヒューマン的要素含)2:ホラー・シリアス1、くらいでしょうか?
もう少しコメディ要素が少ないかもしれません。

今までのるーみっくファンはそれぞれの作品に登場してくる個性的で魅力溢れる女性キャラに魅せられたファンが多いように感じます。
少年マンガを読んでくれる「少年達」にスポットを当てた作品群。
あたるや五代くんなど主役だけど、どこか影の薄い男性キャラに自分の視線を重ねて、物語を楽しむようなそんな作風。

そして、「犬夜叉」
今まで描いた事のない物を描いてみたい! と言う創作者としての止められない意欲。
そして過去作品を振り返り、書いた事のない物として始めた新連載が男の子が主役になる「戦国御伽草子」というファンタジー物だった訳です。
この時点では読者である少年(男性ファン)に、「犬夜叉」をアピールしたかったと思うんですね。

その要素は最初、十分に盛り込まれていました。
まずその生い立ちや境遇、中途半端な強さやコンプレックス。
恋愛面においても、しょっぱなから悲恋ですし。
そんななにもかもがマイナスの中から、いかに犬夜叉が成長してゆくかがこの物語の基幹だったと思うのです。
少年漫画であれば、最後はやはり希望が持てる結末を用意してあげたい。
始まりが悲恋であるのなら、最後は形は違えど成就させてあげたい。
そこに行くまでに、色々絡めて見たいしミステリアスなリードもしたい。
作者の中にある色んな要素、ホラーだったりギャグだったりSF的なものだったり恋愛要素だったりを全部入れたい!!

…そんな感じで始まったのだと思います。

(いったんここで投稿します)
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