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「月華覇伝」
月華覇伝1         (サイト掲載済み)

覇伝1-2 


 そんな殺生丸が見ている辺境の地に住まう一人の少女。


 戦乱に追われ、家族と共にこの地に流れ着いた。農民だった父親と共に少女もその家族も一生懸命にこのやせた土地を耕し遠くの水場から水を運び、どうにか実りの季節を迎えた時にその実りと共に少女は家族の命まで奪われた。

 いつもより遅くなった水汲みの帰り、帰り着いた時そこには物言わぬ死体になった家族の姿と、強奪され焼き払われた畑を少女は見た。
 まだ強奪者はそこにいて、少女にも凶刃を向けてきた。悲鳴を上げる事もできず、動けなくなった少女を助けたのは虫の息の母親。娘を庇い、息絶える寸前のその怖ろしい形相で強奪者を射竦めた。

 強奪者が逃げて行ったあと、その母親は残された娘に言いつけた。何があってもしっかり生きて行けと。父や母、死んだ兄弟の分までも。生きてゆく事が大事なのだと、死んだように生きる事があっても、倫理(みち)を外さぬ生き方をしていれば必ず報われるからと。
 大きな黒目がちの瞳から涙を溢れさせ、娘は母親の最後の言葉を一音余さず聞き取ろうとした。声もなく、ひたすらに。この時娘は、自分の声も無くしていた。

 娘が家族を無くしてから、三・四年が経った。母に言われたとおり、何が何でも生き抜いてきた。本当なら自分も母達の元に行った方がどれだけ楽かと思う事もいっぱいあったが、それでもあの怖ろしいほどに自分が生きる事を望んでくれた母の顔を思い出すと、それは出来なかった。楽をしたいために自ら死を選んだりしたら、あの母にどれだけ叱られるか、いや、死んでから母どころか家族の誰にも会えないまま一人ぼっちになるかもしれない。その事の方がよほど怖ろしかった。

 あの時五歳になるかならないかの娘に、この荒れ果てた辺境で生きる為の糧を得る事は容易ではなかった。出来る仕事らしい仕事もなれば、赤の他人を養うほどの余裕はここの住人にはない。ましてやあの時の恐怖で声を失った娘でもある。誰の眼にも、使い道の無いゴミのような存在になっていた。だから娘は、この荒地でも逞しく生き抜く獣になろうと思った。鼠でもいい、野良猫でも山犬でもいい。どんなに罵られ足蹴にされても、そんな動物達は生きているものが勝ちだと知っている。

 ある所から盗むのは、生きてゆく為。

 野に住む獣達がそうするように、自分も生きてゆく為にそうする。ただこの娘が野蛮な獣と違う所は、倫理をわきまえているところ。自分が生きてゆくのに最低必要な分だけ、盗んでもそれが盗まれた者の死に繋がらない分だけを盗む。相手を殺すような『生』は望んではいなかった。

 辺境の地であっても、人が住んでいるからには何かの商的交流は行われる。また治安の悪さから、そんな場所を求めて流れて来る者も。ある程度人が集まれば、その人間を相手にした商売をする者が出てくる。その娘が狙うのは、そんな所だった。


「あっ、こんちくしょう!! また、ゴミ箱を漁りやがって!」

 娘がこっそりと盗人宿の飯場の裏に回り込み、音を立てないように物色していると宿の主人が怒鳴りつけてきた。娘はゴミ箱を主人の足元目掛けて投げつけると、貂(テン)のようなすばしっこさであっという間に姿を隠してしまう。投げつけられたゴミ箱にけつまづき、派手な音を立てて転んだ宿の主人を、客の盗人どもがはやし立てる。これはもうここでの日常茶飯な出来事、客には娯楽にすらなっていた。

 暗がりに逃げ込んだ娘が、今日の獲物を懐から取り出す。ほんの少し肉がついた骨が何本かと、腐りかけた野菜の切れ端。今日一番の獲物は、床に落ちたのかほとんど手付かずの握り飯だった。人間である証明の様な言葉を無くした娘はその代り、この過酷な状況で野生の獣のような身のこなしとある種の鋭さ、それから本能のような勘の良さを磨いていた。

( えへへ、今日はついてたな。久しぶりのごちそうだ! )

 娘は手に入れた食い物を、美味そうに口に運んだ。


 時にはそんな娘に優しい言葉をかけて、食い物を恵んでやろうとするものが居ない訳でもない。優しい声、優しそうな笑顔で娘を手招きして食べ物を恵んでくれた旅の年増女もいた。

「可哀想だねぇ、こんなに小さいのに親兄弟も死んじまって、おまけに声まで出ないなんてねぇ」
「…………………」
「どうだい? あたしと一緒にこないかい? あたしの店の下働きでもしてくれたら、飯は食わせてやるよ」

 店先に座って猫なで声でそう言いながら笑いかけた顔がものすごく嫌なものに見えたのか、娘は食い物だけひったくるとその場から駈け去った。

「ほら見ろ! あの娘、あんななりをしていても、ちゃぁぁぁ~と『人』を見る目はあるんだぜ? お前が若い娘を食い物している淫売宿のやり手婆ぁだって勘付いてるのさ」
「ふん、食い物で手なづけて少し太らせてから身奇麗にして店に出そうかと思ったのにさ。どんな事をされても声を出せない娘なら、店でも扱いやすいだろ?」
「バカか、お前ぇ? 悲鳴にしろあえぎ声にしろ、『声』があるからいいんじゃねーか!!」
「そんなこたぁ、判ってる! だけどあたしの店の上得意にちょっとアレな客がいてさ。この客が店に上がると、他の客や店の娼妓が嫌がるんだよ。愛敵は一晩限りの使い捨ての娘でいいんだけど、その娘の上げる声が、ね……」
「はは~ん、そう言う訳か。そりゃ、隣の部屋で今にも責め殺される娘の上げる断末魔を聞かされりゃ、大抵の男は萎えるだろうな」
「ああ、そう言うこった。あ~あ、どこかにそんな娘がいないもんかね」
「声が出ない娘がいいなら、あんなやせっぽっちな薄汚い娘よりそこらの娘を引っさらって、喉潰しゃいいじゃねーか」
「そりゃ、勿体無いだろっっ!? その客好みが煩くてさ、やっぱりある程度は見られる娘じゃないとだめなんだ。それなのに、一晩で使い捨てだろ? 普通の娼妓になるような娘じゃ、店としてもあてがいたくないんだ」

 年増女は愚痴りながら、手の仕草で酒を注文する。

「あの娘、磨きゃ良い玉になるよ。だけど、娼妓向きの娘じゃない。そう、我の強い獣みたいな娘だからね、店に置きゃ必ず騒ぎを起こす」
「へぇ、そんなものかね。わしにしたら、ちょろちょろとうるさい溝鼠みたいなもんだがな」

 自分が逃げたあと、そんな会話が続いていたことなどこの娘は知らない。


( あ~あ、美味かった! いつもこうだといいのにな )

 今日の獲物を綺麗に食べ上げた娘の眼に、この町では見慣れない者の姿が映った。こんなごろつきの町にも、時々場違いな旅人が通りかかる事がある。そう、どこか油断のあるカモになりそうな旅人。腰に弁当でも持っていればそれを狙い、懐が緩そうなら財布を抜いて少しばかりの銭を貰う。
 この娘は獣のような暮らしをしていても、決して人間のように無駄な苦痛を他人に与えようとはしなかった。取られて困りそうな者の弁当や銭なら、喉から手が出るほど欲しくても目を逸らす。自分がそうされた時の辛さを知っているから。

「様子見をと思って入った町じゃが、これはまたひどい所じゃ。こんな所には、とてもお連れ出来んわい!」

 小柄で貧相、金壷眼の老人。見た所、少なくとも悪人ではなさそうだけど、普通の人とも違うようにその娘には見えた。腰にはこの老人の弁当と思われる包み、小柄でも血色良さそうな元気な老人である。多分一食抜いたくらい、そう堪えることはないだろうと娘は判断した。

 娘の眸がギラリと光る。次の獲物はこの旅の老人。

 すれ違い様、腰の包みを盗もうと駆け出そうとした瞬間、娘の鋭い勘がその老人の背後を気取られぬように追う怪しい人影を捉えた。野生の本能に近いものが、娘にこの老人に関わるなと警鐘を鳴らしている。もう一度、物陰に潜みその老人をやり過ごす。

「うむ、ここはやり過ごされるよう、西の山辺で待たれている殺生丸様にお伝えしよう」

 ぶつぶつと口の中で呟きながら、その老人は町の外れに向かった。その後を、この町のどんな悪党よりも険悪な雰囲気を持った男達が通ってゆく。娘には、なにかきな臭いものが燻っているように感じられた。


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