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「月華覇伝」
月華覇伝6         (サイト掲載済み)

月華覇伝6-2 

 娘が薬老毒仙の手当を受けて半月、それは見違えるほど元気に健やかな様子に様変わりしていた。家族がいた頃からの貧しい生活のせいで、骨格も肉付きの華奢なのも変わらないが、肌の柔らかさや髪の艶などを見れば、半月前は今にも死にそうなぼろ布のような娘だったとはとても信じられない。
 折れたりひびが入っていた骨は完全につき、傷めた内臓も元に戻っていた。毒仙の薬の効き目の確かさもあるが、何よりもこの娘の生命力の強さの賜物だろう。まだまだ怪我人の範疇であるにも関わらず、痛みが治まり骨がついた頃から、何かと診療所の中をうろちょろしている。辺境の荒んだ町の外れで暮らしていた娘には、初めて見るものも多く好奇心の赴くまま、あれこれと指さしては手伝いの女官に言葉もないまま尋ねている風だった。そして、自分でも出来る仕事を見つけては、進んで身体を動かす働き者でもあった。

「毒仙様、あの娘さんはとても気が利く子ですね。言葉がしゃべれないのが可哀想ですが、そんな事を感じさせないほど元気ですわ」

 あの娘がここに運ばれて来てからずっと面倒を見てきた大柄の女官が、そう毒仙に告げる。

「うむ。相当荒んだ暮らしをし、大人達に酷い目に遭わされて来たというのに、あの娘の精神は少しも歪にはならなかったようじゃ。どこまでもまっすぐに、物事の何が「本当か」を見抜ける目を持っている希有な娘のようじゃな」

 女官も毒仙の言葉にうなずく。
 なぜ、あの人嫌いの殺生丸がこの娘を助けたのか、分かるような気がした。

「ええ、本当に。あの娘さんのおかげで随分と助かってますわ。ですが、そのお手伝いの時もあの病衣のままというのは……」
「そうじゃのぅ。元気になったのならなったで、あの娘の身の振り方を考えねばならんな」

 今も病衣のまま床掃除をしている娘に優しい視線を投げかけながら、さて、この娘の扱いはどうしたものかと思案する。ここに連れてきたのは殺生丸だが、だからと言って生物的欲求処理のための道具に過ぎない後宮の姫君達のような待遇を、とは考えていないだろう。物の弾みで拾って来たようにも言っていた。殺生丸は犬の仔や猫の仔を育てるような感性など、持ち合わせてはおらぬだろう。この娘の身元引受人としては、不適格だと毒仙は判断した。

「お前、後宮取締役である朴夫人にワシが話があると、伝えて来てはくれんだろうか?」
「はい、承知いたしました」

 手伝いの女官は毒仙の前で軽くお辞儀をし、それからすぐ後宮へと向かった。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 朴夫人と言うのは、闘牙王亡き後、そしてその妻であった正妃が香麗国王として即位し狛與を離れる事になった時、次期国王である殺生丸と狛與の政権を託した朴大人の細君である。物静かな立ち居振る舞い、端々までに届く目配り心配り、そして何よりも筋の通った差配で後宮を管理している気丈夫でもあった。

 後宮へ使いにやった女官を従え、にこやかな笑みをたたえて朴夫人が薬老毒仙の許を訪ねたのはそれから間もなくのことだった。

「ごきげんよう、薬老毒仙様。わたくし、お声が掛かるのを今か今かとお待ちしてましたのよ」

 朴大人の夫人であるこの貴婦人は、人当たりの良さも別格であった。若かりし頃は人並みの美貌であったのが年を経る程にその人柄の良さで磨かれ、今では側にいるだけで癒されると、何かと人間関係の難しい後宮内にあって欠かせぬ存在となっていた。

「ほぅ、待っていたとな? して、それはなぜ故に?」

 毒仙が薬茶を淹れながら、そう朴夫人に尋ねた。

「だって初めてですのよ!? あの殺生丸様が、自ら若い娘を都にお連れになったなんて! 後宮中、いったいどんな娘なのかと、その噂で持ち切りですわ」

 ……主が構わぬものだから、退屈が充満している後宮内では愚にもつかない噂話ばかりが横行する。常日頃、そんな噂話など軽く流す朴夫人にしても、今回の出来事は椿事中の椿事であった。

「朴夫人、貴女まで若い姫君や女官のようなはしゃぎぶりとは珍しいのぅ」
「はしゃぎたくもなりますわ。あの後宮中の姫君達を道具を見るような目でしか見ない殺生丸様が、どんな経緯か知りませんが、それでもご自分の意志でその娘を連れてきた。大いに意味のあることです」

 そう述べた朴夫人の目には、殺生丸の身を案じる保護者としての慈しみの光が浮かんでいる。後宮取締役の夫人には、この後宮が殺生丸にとって決して癒しの場ではないことを知っている。殺生丸の妻になるために集まった各地の美姫達を道具のようにしか扱わない殺生丸と、そんな殺生丸を恐れる姫達。情を通わせることのない行為は、姫君達にとってはただの責め、拷問にも等しかった。
 そんな殺伐とした空気しか漂わない場所が、どうして癒しの場になるだろうか?

「……意味があるのじゃろうか」

 ぽつりと毒仙は呟いた。

「国境沿いの町近くの山間で、大雨で崖崩れに遭われた殺生丸様を自分が怪我をするのも顧みず助けた娘なのでしょう? いつもの殺生丸様ならば、褒美の金を与え医者の手配くらいはするでしょうが、ご自分で都までお連れになる事はないでしょう。きっとお側に置いておきたいと、そう思われたに違いありません」
「う~~む」

 どうやら噂先行で、「娘」そのものの認識にズレが生じている。
 いや、それだけでなく微妙に情報が混乱しているようだと毒仙は思った。
 どうやら、朴夫人の耳には殺生丸暗殺の経緯は伝わっていないらしい。

( ……おかしいな? 後宮内の重要な情報は朴夫人の耳に入るはずなのじゃが…… )

 殺生丸行方不明の一報が邪見によって宮中にもたらされた時、その場にはあの弥勒と珊瑚がいた。殺生丸に同行していた琥珀からの伝言も聞き、後宮警備主任の珊瑚から朴夫人に連絡が入っているものと毒仙は考えていたのだ。現に自分はそのすぐ後、弥勒から事の経緯を聞き、万が一の場合を考えて殺生丸の為の薬を弥勒に預けた。

( ……後宮内に密偵がいることを案じて、あえて夫人には知らせなかったのか、珊瑚 )

 そう毒仙は考える。

「殺生丸様が、初めてお気に召した娘と言うことになりませんか? 毒仙様。今までの姫君達は、それぞれ政治的な思惑があって、後宮に上がった方々ばかり。そんな柵のない娘なら、とお心が動いたのではないでしょうか?」
「まぁ、確かに柵のない娘ではあるな。じゃが、それがそーゆー意味合いのものかどうかは……。百聞は一見にしかず、じゃ。まずは、朴夫人の目で確かめられるが良かろう」

 毒仙はそう言うと、あの女官に先ほどまで診療所の廊下を磨いていた娘を呼びに行かせた。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 


「まぁまぁ、これは……」

 朴夫人の目の前に連れてこられた娘を見て、夫人は言葉を失った。
 最初から、後宮に上がってきた姫君のような娘とはこれっぽっちも思ってはいない。殺生丸が事故に遭ったのが国境沿いの荒んだ町の近くと聞いていたので、家柄やなにかも期待してはいなかった。ただ、殺生丸の心を動かすほど美しく優しい、似合いの年頃の娘だとそう思っていたのだ。
 だが、目の前には ――――

 朴夫人の前にいるのは、年の頃ならようやく七つか八つばかりの貧相な娘。美少女と言うのにもほど遠い。

「どうやら親兄弟を亡くした浮浪児らしい。あんな荒んだ町で、ようも生きながらえてきたもんじゃ」
「浮浪児……」
「おまけに、言葉がしゃべれん。いや、馬鹿なのではないぞ? どうやら、よほど恐ろしい目にあって言葉を無くしたようなのじゃ」
「まぁ……」

 娘はじっと夫人の顔を、まっすぐ澄んだ黒い瞳で見つめた。夫人ほどの目利きなら、この娘が性根の曲がった野卑な娘かどうかなどすぐ分かる。いや、そんな娘ならまず、あの殺生丸が連れ帰ることもない。
 夫人は目元を潤ませて、娘の小さな身体をぎゅっと抱きしめた。

「……お前は、まだこんなに幼いのにとても大変な目に逢った来たのね。でも、その瞳の輝きは失わずに、まっすぐに生きてきた。よく、がんばったわ」

 初めてあった貴婦人なのに、自分をこうして抱きしめて、心からの優しい言葉をかけてくれる。娘の瞳からも、嬉しい暖かな涙がぽろりとこぼれ落ちた。

「なぁ、朴夫人。殺生丸の奴が、そんなつもりで連れてきた訳じゃないってこれで分かっただろ? あいつの言い草を借りれば、野に棲む獣の仔を拾ったようなもんだそうだ」
「まぁっっ!!」

 先ほどと同じ言葉だけど、その意味合いは正反対。

「なんて言い草でしょう。獣の仔だなんて!! それでは、なんでしょう? 犬や猫の仔を育てるつもりで連れてきたとでもに言うのでしょうか? よく見れば、なかなか愛らしい子ではありませんか」

 今でこそ見られる様になってはいるが、ここに来た最初は、獣の仔と言われても仕方がないほど薄汚れた野生児だった。

「……あれが、そんな事をするような玉じゃないことは、朴夫人だって分かってるじゃろ? この娘をここに連れて来たのは殺生丸じゃが、あいつにこの娘の面倒は見れんじゃろう」
「判りました。この娘の身元引受人にはわたくしがなりますわ。この娘の身の振り方も、わたくしに任せて頂きます」
「そう言ってくれて、ワシも肩の荷が下りるわい。殺生丸の奴、この娘が気づいた時に顔を出したきり、ほったらかしじゃからな」

 そう言った毒仙の言葉が分かったのか、娘が不安そうな顔をした。

「……心配なの? お前をここに連れてきてくれたお方が、お前の事を忘れてしまったのではないかと?」

 娘が小さく頷く。
 夫人の思慮深い瞳が、娘の様子をじっと見つめている。
 貧しく言葉もない娘。あるのは、ただまっすぐなその「心」だけ。

( ……この娘は、殺生丸様の本質を見抜いているのかも知れませんね。だからこそ、自分がついて行きたいお方だと。なのに、自分が忘れられたかもしれないと思って、こんなにも不安になっている )

 朴夫人は、そう娘の心情を推し量る。

「そう…。そうね、お前なら、殺生丸様のお心を開くことが出来るかもしれない」
「って、まさか朴夫人。その娘を後宮に上げるつもりじゃないだろうな?」
「どうしてそう思うのかしら? 毒仙様」

 なにか企んでいるような物言いに、それはヤバクはないかと毒仙が釘を刺す。

「いや、なに、その……」
「後宮に上がると言っても、何も全ての女が殺生丸様の夜伽を勤める訳ではありませんのよ? 後宮の主が毒仙様のようなご高齢な方であれば、それもまた一つの閨房術ではありますが、お若い殺生丸様には必要のないことですわ」

 刺した釘をやんわりと刺され返した毒仙。物静かな物腰であっても、決して甘くはないのである。

「それでは、この娘を連れて帰ります。表で待たせてあるわたくしの馬車へ」

 こうしてこの娘は廊下の雑巾がけをしていた病衣姿のまま、この国の正妃不在の今、女性としては最大権力者である朴夫人の預かりとなり、豪華な馬車の乗客となったのだった。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 この娘の事を忘れたのではないか、面倒見の良いとは言えぬ性格だからと、やいのやいのと言われていた殺生丸の方も、動かぬ左腕を別にすればほぼ完治の状態にまで回復していた。
 その一方であの後の事は、弥勒の手はず通り事が進んだ。脱出した殺生丸達と入れ違いで現場に入った兵士達は、崖崩れの土砂の下を必死で捜索する。その作業は一晩中続き、朝にはあらかたの土砂は片付いてしまった。もちろん、そこに殺生丸の姿はない。無かったことに安心した邪見や兵士達に対し、その様子を伺っていた暗殺者達は一瞬、呆然とする。
 しかし、もっと暗殺者達を慌てさせたのは、このまま捜索範囲を広げて作業を続けるだろうと思った兵士達が突然撤収し始めた事であった。予想外の展開に、暗殺者達は二手に分かれた。ぎりぎりまで邪見達の様子を監視する側と、この事態を黒幕である誰かに知らせる側とに。
 自分たちが、監視する側から監視される側に変わっていたことに、まだ気づいていなかった暗殺者達。知らせに走った二人は、弥勒が町外れに残していた僧兵が尾行した。邪見側に残った暗殺者は、顔と気配を知っている琥珀に特定され、都の近くまで来た時に取り押さえられた。

 ここまでは、弥勒の読み通りだった。
 しかし、ここからがそうはいかなかった結果である。

 僧兵と暗殺者、ともに互角の能力の持ち主であった。普段なら気づかれることのない僧兵の尾行に気づいた暗殺者は、相手が少人数なのを確認して反撃してきたのだ。切り結ぶこと、数刻。深手を負った僧兵達は、やむを得ず暗殺者達を斬り殺してしまったのだった。
 それでも、まだこちらには都の近くで取り押さえた暗殺者達がいる。取り押さえてからこちら、弥勒をはじめとする殺生丸の数少ない親衛隊の手で、厳しく取り調べられていた。勝手に死なぬように手枷足枷をかけ、舌を噛み切らぬよう猿ぐつわもかける。絶食による餓死を避けるため、特別な薬液を無理矢理喉に流し込んで命を長らえさせ、それなりの拷問も加えながら首謀者の名を聞き出そうと苦心していた。

 当事者として、また次期国王に対する反逆行為を働いた者を看過するような性格ではない殺生丸も、その場に立ち会っていた。時には、自らの手で暗殺者達を責める事もある。利き手の右手は使える殺生丸は、切れ味鋭い闘鬼神で薄く皮を剥くように暗殺者達の肉を削ぎもした。身体半分、赤くなるまで削いでみたが、暗殺者達の口は堅い。肉を削いだ事で死に至らぬよう止血し手当をした上で、今度は暗殺者の両手首を切り落とした。これでもう、刃を向けることは出来ない。

「まだ、口を開く気にはならぬか。では、次は両足首を落とそう」

 冷たく言い放つその姿は、麗しいだけに凄みを纏って地獄の悪鬼よりも畏れを感じさせる。足首を落としても口を割らねば、次は肘から下を、その次は膝から下、それでもとなれば肩から腕を足の付け根から太ももを切り落とし、達磨になるまで切り刻むことになんら躊躇はしない殺生丸である。
 それを感じ取ったのか、暗殺者達は互いに目配せをし、深く頭を垂れた。

「ほぅ、ようやく話す気になったか。首謀者の名を言えば、命だけは助けてやる。一生、牢獄暮らしだがな」

 殺生丸の投げた言葉に、暗殺者達は頷いた。殺生丸が視線で指示し、兵士の一人が暗殺者の猿ぐつわを外した。

「さぁ、その者の名を言え」
「他の二人の猿ぐつわもとって欲しい。俺が首謀者を守るために嘘をつくかもしれない。同時に同じ名を叫べば、信じてもらえるだろう」

 よほど殺生丸の責めが利いたのだろう。自分たちの言葉を信じてもらうために、進んでそう言った。その言葉を了解し、残りの二人の猿ぐつわも外させてやる。暗殺者三人は、もう一度互いの顔を見合った。

「殺生丸!! 貴様はいずれ心ある者たちの手で切り刻まれて地獄に墜ちる身だっっ!! 先に行って、待っているぞ!!」

 その言葉を残し三人は、舌を噛み切り殺生丸の目の前で命果てた。
 殺生丸は忌々しげに眉をひそめると、その場を立った。自分に向けられる憎悪など、いつも肌に感じている。それが目の前でぶつけられようとも、もう心は痛まぬ。

 そう、痛まないようにしてきた ――――
 
 己が己であるために。
 強いと言うことは、弱者の恨みを買うものだと幼い頃に理解した。
 覇者たるとは、多くの恨みと憎悪すら凌駕する存在でなくてはならない。
 それが、自分が選んだ生き方だ。

 殺生丸の方は、そんな半月を過ごしていたのだった。


  
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