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「月華覇伝」
月華覇伝6         (サイト掲載済み)

月華覇伝6-1 

 娘が気付いた時、最初そこがどこかまったく見当がつかなかった。身体中を何かでグルグル巻きにされていて、身動きが出来ない。顔もグルグル巻きで、目と鼻と口のところが少し開いているだけ。季節が真夏の様に暑い季節だったら、暑さで茹で死んでしまいそうな格好だった。

( ……どこだろ、ここ? なんだか、凄く薬臭い )

 狭い視界に映るのは、白い天上。鼻に押し寄せるのは、色んな薬草や動物の干からびたような臭い。
 耳に聞こえるのは ――――

「どんな具合だ、あの娘は」

( えっ!? 今の、あのお声は…… )

 娘の胸が、どきんとした。
 それから、かぁぁと全身が熱くなる。
 まさか、まさか……

「まだ、気付いてはおらん。まぁ、それでも看護の女官が口元に注ぐワシ特製の水薬を飲み下せるから、じき目も覚めよう」
「そうか、それならば良い」
「あの娘も重傷だが、殺生丸。お前も出歩けるほど、軽い傷ではないのだぞ」

 そう嗜める年取った声は、自分をこんな風にグルグル巻きにした人なのだろうと娘は思った。ここがどこなのか、自分はどうなっているのか、それよりもその人が言った「殺生丸」と言う名が、娘の頭をいっぱいにしていた。

「毒仙、三日もお前の治療を受けていれば、お前の屋敷内を歩き回れるくらいには回復する。私をそこらのひ弱な者どもと同じ扱いにするな」
「よく言うわ! 確かにワシの仁術は天下一品じゃ。ぽっきりと折れたような骨なら一晩でくっつけられるくらいにな。傷付いた腸(はらわた)とて、ワシの煎じた仙薬を飲めば,たちどころに元に戻る。じゃがな、殺生丸!!」

 ずいっと薬老毒仙は殺生丸の眼前に、その萎びた顔を突きつけた。

「そのワシの術を持っても、お前の左腕は動かん! ここに戻る直前までは辛うじて動いていたと言うだけに、なぜ都に戻った途端、動かんようになったのか?」
「……………………」
「爆風に飛ばされた時に出来た裂傷も、叩きつけられた時に受けた打撲も、ほぼ治っておる。骨には別状ない。なのに、動かん。これが重傷でないと言えるのか!!」
「重傷ではないだろう。ただ動かんだけだ」

 何をそんなに息巻いているのかと、殺生丸は薬酒の飲みすぎていつも赤い顔をしている毒仙を醒めた目で見ていた。

「……傷は、目に見えるものばかりではないのだぞ。お前の心の傷が左腕を動けないようにしているとしたら、どれ程の深い傷か察しがつこう」
「心の傷? 笑止。私の心は、傷などつかぬ。この腕が使い物にならぬほど重傷ならば、切って捨ててくれよう」

 殺生丸は腰の闘鬼神を抜くと、左の肩口に刃を当てた。

「あああっ!! ぐっ!!」

 事の成り行きを聞いていた娘は、思わず自分の身体の痛みも忘れて身を起こし、寝台から転げ落ちると殺生丸の足元に縋りついた。

「お前っっ…!?」

 物事にあまり動じることの無い殺生丸でも、この出来事だけは虚を突かれた。
 包帯でグルグル巻きにされた意識不明のモノが、突然奇声を上げ寝台を転げ落ちて自分の足元にしがみついて来れば。

「気がついたのか? そして殺生丸が馬鹿な事をしようとしたのを、我が身の怪我も忘れて止めようとしたのか」

 びっくりしたように、そして半ば感心したような響きを含ませて、毒仙がそう娘に問い掛ける。
 娘には毒仙の問い掛けなど、聞こえていない。
 ただぎらりと光る刃だけを見ていた。
 その刃を殺生丸の左腕に触れさせてはいけないと。

「……闘鬼神を仕舞え、殺生丸。この娘は、動かぬ左腕でも大事にせよと言っておる。ワシもそう思う。この傷だらけの娘の必死さに免じてやれ」

 身体中傷だらけで、動けば激痛がぶり返すだろうに、それでも娘は殺生丸の足にしがみついていた。おそらく、その一言を殺生丸が口にしない限り、離れはしないだろう。

「う、うううぅ……」

 娘の存在そのものが、殺生丸の心を射抜く。ここまで他者を意識した事は、血縁者を除いては滅多にない事。また相手が怪我をした幼い者であることも、常の殺生丸らしい行動を抑制させた。動かぬ自分の左腕にも、不遜にも薄汚い手で触れている娘にも、結局闘鬼神は振り下ろされることは無かった。あまつさえ、あの無口な殺生丸から次のような言葉すら吐かせたのだ。

「分かった。動かぬ左腕だが、そのくらいの枷など何ものぞ。落しはせぬから、その手を離せ」

 殺生丸は、子どもならではの加減の無さでしがみついている娘に向かってそう言った。包帯でグルグル巻きにされた顔の隙間から、娘の黒目がちの瞳が覗き殺生丸の顔を見つめている。

「ほぅ。これはまた、随分と胆の据わった娘だな。お前の顔を正面から見れる者なぞ、幾人もおるまいに」
「変わり者の娘ゆえに、私の姿はどう映っているのか判らぬ。何の力もないのに、この私を助けようなどとした娘だ」

 場の空気が変わった事を察したのか、殺生丸の足にしがみついていた娘は、そっとその小さな手を離すと自分のした事の重大さに気付いたのか、寝台の下に潜りこむと小さく蹲ってしまった。

「あれは「人」と言うより、「獣」に近いのかも知れぬ。野に棲む小さな獣だ」
「お前はそうとう人に嫌われているからな、殺生丸。その上で、獣にまで嫌われては切なかろう。良かったな、少なくとも、あの者はお前の事を嫌ってはないようだぞ」

 ずけずけと、宮中での殺生丸の人間関係を一言で言い表す毒仙。こんな事を口に出来るのも、お互いに信頼関係があるからだ。殺生丸にとって、数少ない「素」の自分を見せられる相手でもあった。

「森に棲む幼獣か雛を拾ってしまったと言う事か」

 意外とその発想が、殺生丸には面白く思えた。

「今は獣でも、意外や美女に化けるかもしれんぞ?」
「美女? そんな者はこの都には山ほどいる。獣なら獣のままの方が面白い」

 そう言って、寝台の下の娘に視線を向けた。
 娘はますます、小さく縮こまる。

「娘の意識が戻ったようなので、私は部屋に戻る。しかし、まるで霊廟の中の襤褸を纏った死体が動き出したようだな」

 そう言った声には、珍しい事にどこか笑いが含まれていた。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 殺生丸がその部屋を出て行ったあと、毒仙は手伝いの大柄な女官を呼び、寝台の下に隠れてしまった娘を抱え上げさせた。そう、毒仙が言ったとおり娘は、急に動いた事による激痛で身動き出来なくなっていたのだ。

「自分の事より、あいつの事が優先か。あんな冷血漢のどこに、良さを見つけたのやら」

 毒仙の指示で大柄な女官は娘を寝台の上に横たえ、グルグル巻きの包帯を全て取り去らせた。取り去られた包帯には、毒仙特製の軟膏と娘の傷から滲んだ血と浮浪児ゆえの汚れとでなんとも言えない色に染まっていた。

「ふむ。身体を綺麗にするよりも、取あえずは全身の傷と打撲の手当てを優先したからのぅ。全身をワシ特製の軟膏の中に漬けてしまえば、化膿する事もない」

 娘の全身を目診し、回復状態を確認する。あのまま放っておかれたら、間違いなく栄養失調気味の娘の身体は傷が化膿し、見るも無惨な様相を呈していたことであろう。毒仙の診察が終ったのを察した女官が、娘に柔らかい木綿の病衣を着せ掛けた。

「激痛は、身体の中の骨や腸が折れたり傷付いている傷み。可哀想な事じゃ。こんな子ども相手に、どんな仕打ちをしたのか。やせ細った子どもの骨など、枯れ木よりも簡単に折れるだろうに」

 あの時、古着屋の主人達から受けた暴行の数々は、娘の身体中の骨を折り砕き、折れた骨が臓腑に刺さり、あるいは破裂させていた。本当に、先ほどの殺生丸の言葉ではないが、毒仙の屋敷に運び込まれた時の娘の状態は、殆ど死体と変わらなかったのだ。

「そら、これが痛み止めだ。目が覚めた今なら、自分で飲めるじゃろう」

 毒仙は女官に支えられて身を起こした娘の前に、大振りに木の椀に明らかに煎じて作った判る茶色い液体をなみなみと注いだものを差し出した。

「あ、うぅ?」
「最初は一口飲むだけでも全身が痛むじゃろうが、飲むほどに傷みは遠のき骨は繋がり、臓腑の傷も塞がってくる。頑張って飲むんじゃぞ」

 毒仙が差し出した木の椀は看護の女官が受け取り、それを娘の口元に宛がった。
 娘の意識の無い間は傷みだけを抑え、とにかく栄養のある薬液を飲ませていた。今、木の椀に入っているのは、少しでも体力を回復させてからでないと飲ませる事は出来ない劇薬。
 恐る恐る娘が一口薬を口に含み、小さく喉を動かし、飲み下す。途端に苦しそうに咳き込んだ。

「きついじゃろうが、頑張れ! お前は、毒すら効かぬ殺生丸用に調合した薬を飲んで、生き永らえたのじゃ。お前なら、出来る!!」

 毒仙は、娘の顔を見ながら励ました。娘は殺生丸用の薬を飲んだと聞いて、小首を傾げる。

「あの殺生丸が自分の薬を噛み砕いて、口移しでお前に飲ませたのじゃ。あいつの為にも、頑張るんじゃ!」

 そう聞かされた時の娘の顔。まだ傷だらけの軟膏と血糊と汚れに塗れていたお陰か、仄かに赤くなったその顔色を誰にも気付かれずにいた。娘はこくりと頷いて、自分から椀に口を寄せていった。今度はもう少し多めに煎じ薬を口に含み、ごくんと飲み下す。本当に、身体がばらばらになりそうだと娘は思った。それでも、頑張って娘は薬を飲み続けた。随分と時間はかかったが、ようやくなみなみと注がれた煎じ薬を全部飲み終えた頃は、身体の痛みよりもお腹いっぱいの煎じ薬の方が苦しいくらいになっていた。

「よく頑張ったな。どうじゃ? 身体の中の傷みが薄れた気はせぬか?」

 うん、と娘は頷き、その弾みに小さなげっぷをしてしまう。
 行儀の悪さに、娘がばつの悪そうな表情をした。

「腹も膨れたようだ。しばらくしたら、この女官に薬湯に入れてもらえ。少し湯が沁みるかもしれんが、血糊や汚れは落としたほうが薬の利きも良いからのぅ」

 そう指示を出した後、毒仙もまた、その診察室を出て行った。

( ふぅ~。あ~、死ぬかと思った。味は苦いし、飲み込めば身体中バラバラになりそうに痛むし。あの方があたしを助けて下さったって聞かなかったら、途中で止めちゃってたかも )

 満腹状態で、お腹は苦しい。
 その代わり、あれほど激しかった全身の痛みはずくんずくんと疼くような鈍痛に変わっている。身体の芯でぽぅと熱いモノが燃えているような、そんな感じも。さっきまでは、息を吸う事さえ苦しくてキリキリキリキリ胸が痛かったのが、息苦しさは残っているものの深呼吸をするようにすれば肺の奥まで息が入るような、それこそ一息ついたという感じ。
 娘のそんな様子を見て取ったのか、看護の女官が娘に優しく声をかけてくれた。

「どうですか? そろそろ、お風呂に入りませんか?」

 そう言われて娘は自分の身なりを改めて見直した。
 あんな目に合う前もそうとう酷い身なりだったが、今は怪我と血糊と泥でこの汚さと比べれば、まだ溝鼠の方がよほどきれいだと思えるほどだと自分でも思ってしまう。
 そんな姿を、あの方の前に晒していたのかと思うと、それこそ恥ずかしさでかぁぁと全身が熱くなってしまった。身体を動かすのはまだ辛いけど、それでも一刻も早くきれいにしたい気持ちが、娘の首を縦に振らせた。

「それでは、湯屋に行きましょうね」

 大柄な女官はにっこりと微笑みかけながら娘の身体を軽々と抱き上げてゆく。そのまま湯屋に行き、この娘に合わせて処方した薬湯に娘を抱えたまま、入って行った。木綿の病衣が薬湯の浸り薄茶色に染まってゆく。
 温めに調整した湯であっても、重傷の娘の身体には刺激が強すぎると、まずは病衣越しに薬湯に馴染ませた。それから湯の中で病衣を脱がせると、女官のふっくらとした柔らかな手のひらで、赤ん坊を湯浴みさせるように優しくゆっくりと娘の全身を洗ってゆく。洗い初めて直ぐに、最初の薬湯は娘の汚れで真っ黒くなった。そうしたら、女官は次の薬湯へと浴槽を変え、最終的に湯の中で娘の身体を洗っても、もう汚れが出なくなるまで六回、浴槽を出たり入ったりしてくれた。
 最後の方になると娘もぐったりとしてしまったが、浮浪児生活で身に染み付いてしまっていた「澱」のようなものが全部洗い流されて、身軽になったような気がした。

 煎じ薬を飲み繰り返し薬湯に入り、その度に女官の優しい手で撫で摩られ、十分な手当てを受けた。最初は口にするのは煎じ薬だけだったのが重湯も取るようになり、それが全粥から五分粥、やがて軟飯へと変わる頃には、煎じ薬の量も減り薬湯の効果か、娘の肌は幼い者特有の肌理の細かさを取り戻していた。

「ほほぅ。殺生丸は獣の仔を拾ったといっておったが、これは中々の拾い物だっかもしんのぅ」

 そう毒仙は、回復した娘の様子を見て、面白そうに呟いたのだった。

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