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「月華覇伝」
月華覇伝5         (サイト掲載済み)

月華覇伝5-3 

 不意に列を外れた殺生丸が路傍の藪に手をかけ中を覗きこみ、あろうことか中に潜む者に礼をのべる姿を見て、弥勒達の中から驚嘆の声があがった。

「見たか? 弥勒! あの殺生丸が礼を言うとるぞ!!」

 弥勒の懐から顔を出した人型の子狐妖怪・七宝が心底驚いてそう言葉を発した。七宝はその名の通り人々にご利益をもたらす福徳神のお使い狐の中でも、特に神格にある神狐であった。幼く修行中の身ではあるが、修行を積めば神に準じる位にもなる。見た目子どものようにあっても、この横柄な口調はそれ故だった。

「……俺も初めて見た。まさしく晴天の霹靂だな」

 弥勒は驚きながらも、あの殺生丸に礼を言わせたのは何者かこそを知りたいと思う。殺生丸の冷酷非情な面は国内外にまで広く知れ渡っている。冷酷非情、残酷無慈悲な、そんな面を殺生丸は自分を守る砦として幼い頃から築かずにいられない状況だったのだ。

 その砦の中心にある、本当の殺生丸の姿に気付くものなどほんの僅か。
 気付いた者も、それを表に出すことは無い。出せば、殺生丸は離れてしまう。狎れ合う事を、もっとも忌み嫌ってもいた。そうして常に孤高と共に過ごしてきた殺生丸だったのだ。それが今、殺生丸の方から歩み寄っている。

「ろくに人と話もせずに、聞きもせぬ奴が、一体どんな者に礼を述べているのだろう?」
「本当じゃのぅ。オラも殺生丸がまともに人と話している所を見かけたことが無い。もしかしたら『人』ではないのかもしれん。あれはまるで狸か穴熊の巣穴のようじゃものな」

 少し遠巻きに、殺生丸の後姿を見ながらそんな事を囁き合う。
 そんなざわつきを完全に無視し、殺生丸は娘の笑顔に魅入っていた。殺生丸の手は自然と懐に伸び、あの帯を娘の前に差し出した。今回の働き対する褒美として取らせようと考えたのだ。それを見た娘が、小さな頭を横に振る。娘にすれば、何か褒美が欲しくてした事ではない。

 ……確かに、もし殺生丸が死んでいたら埋葬してあげる代わりに、少しお駄賃を貰おうとは考えていたけれど。

「……これは、要らぬか。では、これをやろう」

 そういうと殺生丸は、再び懐から金紗の巾着袋を取り出した。殺生丸に取ってははした金に過ぎないが、この娘に取っては見たことも無い大金が入っている。

「それでお前の好きな物を腹いっぱい食べるがいい。金を払えば、もう殴られる事は有るまい」

 泥だらけの小さな手にそれを渡されて、ぽか~んとしていた娘だが、慌てて我に返り必死な顔で首を横に振り続けた。

( そんなつもりじゃない!! そんなつもりで助けようとした訳じゃ……。もう誰も、あたしの目の前で死んで欲しくなかっただけ!! )

 娘の細い首が折れて取れそうなほど振り続ける様を見て、殺生丸の顔に苦笑が浮かぶ。なおも振り続けようとする娘の小さな頭を自分の手の平で止めて、それから厳しく言いつけた。

「受け取れ、娘。お前はそれだけの働きをしたのだ」
「あ…、ううぅ……」

 激しく頭を振りすぎて、目が回ったような娘の顔にもう一度苦笑いを投げかけ、そして踵を返した。
 戻ってきた殺生丸を見る弥勒の目付きが怪しい。

「何があったんだ? 殺生丸。お前らしくないな」
「黙れ、法師。お前には関係のない事」

 殺生丸が弥勒の事を『法師』と呼ぶ時は、距離を置きたい時。この距離感を読み間違えると、手酷い拒絶と共に下手をすると手打ちにされる。

「……障らぬ神に、だな。分かった、この話はここまでだ」

 聡い弥勒が、その距離感を読み間違えることも無い。
 それはそれと割り切って、こらからの行動について打ち合わせる。

「我等は一旦町に戻る。そして密かに琥珀と合流し、今度は逆に奴等を追う」
「追う?」

 歩きながら、小声で交わされる会話。

「武僧の中でも特に諜報に長けた者を三名、選んでいる。その者らを邪見殿が連れてきた捜索隊を囮にして、お前を殺そうとした奴等の後を付けさせる」
「それで」
「お前は残った者達と、そのまま王宮に戻る。頃合を見計って琥珀が邪見殿にお前が無事王宮に戻った事を知らせ、捜索隊を引き上げさせる」
「分かった」

 そう殺生丸が答えた時には、その顔に好戦的かつ冷酷なまでの武人の表情が浮かんでいた。殺生丸の性格からしてあのような謀(はかりごと)で命を狙えば、暗殺者達に待っているのは『死』あるのみ。
 失敗すれば殺生丸自らの手で、もし謀殺されてしまうような事になれば殺生丸の生母、香麗国王の手によって。それも打ち首や磔にされるような生易しい刑死ではなく、もっとも怖ろしい極刑が待っている。

 この二両日の間に起きた事を思い返し、殺生丸の腸(はらわた)はその者等への怒りで煮えくり返っている。しかしその一方で、思いもかけぬところで小さな清らかな泉を見つけ、乾いた喉を潤したようなそんな感覚も覚えていた。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 
 思いつめたような表情の演技って結構疲れるなと思いつつ、琥珀は町中の見晴らしの利く店の前で街道を見晴るかしていた。あの時、弥勒に指示されたのはここで見張りを引きつけつつ、邪見が連れて来る捜索隊を待てと言うものだった。その後、自分はどう動けば良いかまでの指示はもらっていない。

(  邪見様が捜索隊を連れてきたら、俺も同行しないとおかしいよな? そうなると当然見張りも……。それまでには弥勒様が殺生丸様を連れ出される手筈なんだろうけど、いつまで見張りを引き付けて置けば良いんだろう? ) 


 夕刻までまだもう少し間が有る。琥珀はその捜索隊の案内人だと話して、店先で待たせてもらっていた。店の主人が気を使って茶や菓子などを出してくれたが、それを口にする事は出来ない。見張りの眼がある今、自分は主人の安否を気遣う従順な従僕を演じ切らねばと、琥珀はそれらを恨めしそうに横目で見るだけ。そんな様子も見張りには効果的だったようだ。

「……よほど主人が心配だと見えるな。自分の力で探すのは諦めて、捜索隊が到着するのを待つ事にしたのは子どもの体力を考えれば賢明だ。しかし、心配のあまり物が喉を通らないようだな」
「ああ、そうだな。山から下りてきた時には、健気にも休息を取ったらまた一人でも山に戻るかと思ったのだが」

 そう話すのは、琥珀の身代わりとも気付かずに替え玉を見張っていた二人。他の三人は琥珀の姿をこの二人とは反対の方から監視していた。

( ……見張りの数に変わりなし。今のところ大丈夫だな )

 そんな緊迫した状況の中、山の方からざっざっと早足で歩いて来る者達がいた。その速さやまるで小走りで走っているのと変わりがない。

( 来た! 弥勒様達だ。あの中に殺生丸様が? )

 ゆったりとした黄色い僧衣を纏っていても、日ごろから鍛えられている武僧の強靭な体格は隠せない。世俗を絶つ意味もあり、修行中の武僧は顔を頭巾で深く隠し一言も発する事無く足早に通り過ぎてゆく。辺りには鍛え上げられたものだけが放つ覇気の様な物が揺らめくだけである。

「……武僧か。山の方から下りて来たが、まさかあの中に紛れている事はないだろうな」
「馬鹿を言うな。あれだけの爆発に巻き込まれたのだ。無傷な訳はない。手や足の一本や二本折れていても当然の大怪我を負っているはず。あんなに動ける訳が無い」

 暗殺者達が思うよりも軽傷だったとは言え、剣を持つ右腕を庇った為に左半身から爆風を受け、実際左腕は痺れて動かないし左足は折れている。加えて衝撃で内臓も痛めているし絶食状態で力も入らないでいるのだが、それをそう感じさせないのは弥勒が飲ませた薬老毒仙の薬の効き目だ。

「しかし、こんな時に山から下りてきた者をそのまま通す訳にはゆかん」
「止めておけ! 修行中の武僧は修行の邪魔をされると武力でもって対処すると聞く。国からの庇護を受けている連中だ。うるさい事になるぞ」

 仲間が止めるのも聞かず、見張りの一人が武僧達の行く手を遮った。
 残った見張り五人の中で、思慮は浅いが一番の腕っ節の強さを誇る男だからこその暴挙。

「なに用か?」

 落ち着いた口調で弥勒が静かに問う。

「修行中の身とお見受けするが、その中に我等が探しているものが紛れているやもしれん。面を検めさせて頂きたい」

 琥珀の動悸が早くなる。まさか、こんな展開になるとは!!

「……お断り申そう。我等は世俗を絶ち、修行に励むもの。その証として、己の顔さえ捨て去っている。それを曝せというのは、我等への冒涜。許す訳には行かぬ」

 ざわっとした殺気が沸き起こる。
 特に一人の武僧から、それは強く感じられた。

「お主等が断ろうとも、力尽くで曝せば良いだけ!!」
「……愚かな。お前如きが敵う我等ではない」

 弥勒の言葉が終らぬうちに、一人の武僧の右腕が深々と見張りの鳩尾にめり込んでいた。見張りは打ち込まれた衝撃で、血反吐を吐きながら数間殴り飛ばされている。殴った武僧は息一つ乱さず、深く被った頭巾も僧衣も何一つ乱れることはなかった。まるで、殴られた事が気の迷いのようにすら、静かな一撃だった。ただ、その心の臓が凍りつくような強烈な殺気以外は。
 この事態を、どこかで見張っているだろう仲間にも聞こえるように弥勒が言い捨てる。

「……命拾いをしたな。これに懲りたら、二度と我等の行く手を遮るな。次は本当に殺されるぞ」

 弥勒の言葉を聞きながら、見張りの男は怪我人の殺生丸がこんな男達に紛れる事は無理だと理解した。間違っても、今自分を殴り飛ばした武僧は、絶対に違うだろうと。そして、この武僧と変わらぬ気を吐き、同じように行動している者達も。まだ地面に倒れ臥している見張りの男を見下げ、弥勒達は強健を誇るかのようにあっという間に町を出て行った。こうして弥勒は見張りが目を光らせている中、堂々と殺生丸連れ出すことに成功したのだった。

「あ、出ていっちゃったよ。弥勒様」

 ほっとしたのもつかの間、琥珀は大事な事を思い出した。
 自分はこれから、どう動けば良いのか? その指示を弥勒にもらうつもりだったのに。ぼぅと姿が小さくなってゆく街道を見送りながら琥珀は、自分の足元に何かもこもこしたモノが纏わりついているのに気がついた。

「あれ? これは……」

 琥珀は身を屈め、足元にいた子猫を抱き上げる。金毛の縞柄のその子猫は、琥珀の顔を可愛い小さな舌でぺろりと舐めた。そして ―――

「よく聞け、琥珀。弥勒からの指示じゃ。明日の昼過ぎに邪見に殺生丸が城に戻ったと伝えよと。それまでは、必死で瓦礫を掘り返せと」
「明日の昼?」
「ああ、そう言うとった」

 弥勒からの伝言を伝え終えた子猫に化けた七宝も、弥勒のあとを追うように町から出て行った。その七宝の姿と入れ違いに、砂煙を上げてこちらに向かってくる一軍。邪見が連れてきた捜索隊が到着したようだった。

「さてと……。俺も、これからが一仕事だな」

 どこかやれやれといった風情を隠しきれぬ様子で、琥珀は店先を離れた。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


  山辺の巣穴の中で娘は、手の乗せられた金紗の巾着袋を恐れ多そうにためつすがめつしていた。貧しい暮らしの娘でも、この巾着袋がとても高級な品だと言う事はよく分かる。金紗に織り込まれた柄は翼の大きな美しい鳥の柄で、鳳凰という名を知らぬ娘でも、とても良い意味の柄なのだろうと理解出来た。
 口を両絞りする為の組紐も、縁起の良い紅白の光沢の有る物が使われていた。赤はそれは鮮やかな真紅色、白は少し金色味を帯びたむしろ白金色。

( 綺麗な色だなぁ。初めて見るよ、こんな色。すべすべしてなんて手触りの良い紐なんだろう )

 うっとりとしたように娘は、その紐や金紗の指触りを楽しんだ。そして、ふっと自分の手を見て、あまりにも汚い事に撫で触る事を止めた。

( 汚しちゃダメだよね。大事にしまっておかなくちゃ。あ、でも…… )

 娘の眼が、巾着袋を縛っている紐の一本に注がれる。

( この赤い紐一本だけなら、良いかな? 汚れてもあまり目立たないよね? )

 そう思うと、遠慮がちに巾着袋から赤い紐を外した。それを使って自分の髪を一房とり器用に縛り上げる。鬱蒼としていた目の前が、すっと明るくなったような気がした。それからそっと巾着袋を開いて見てみると、中には大判の金貨が三枚、中判金貨が五枚、後は小粒金や銀貨がたくさん入っていた。普段金など持ち歩かない殺生丸の為に、旅先で使いやすいようにと琥珀が用意したからだった。
 娘は目を丸くした。金貨など今まで見た事はなく、小粒金だってたまに残飯を漁る店の勘定場で見かけるくらい。家族が生きている頃に見たのは、銀貨どころかせいぜい銅貨くらいなものだった。あまりもの大金に娘は怖くなってきた。

( どうしよう、こんな大金。どうやって使ったらいいか分かんないよ! )

 その時、

 ―――― 金を払えば、もう殴られる事は有るまい

 娘にかけられた殺生丸の言葉を思い出した。

( ……そっか。このお金、今まであたしが盗んだ品物の代金に使えばいいんだ。それから、あたしの欲しい物を買えば ―――― )

 それでも全部を使い切るのは難しいやと娘は思った。取りあえず、今いるだろうと思う分のお金として銀貨の半分と小粒金の少しをボロ布に取り分け、残りはしまっておく事にした。きょろきょろと辺りを見回し、巣穴の奥に置いていた蓋付きの小箱にその巾着袋を入れた。

 わくわくで胸を膨らませ、娘は夕闇に染まる町へと向かう。途中で物々しい雰囲気の一団をやり過ごした。その一団の後を追う只ならぬ気配の五人の男の事も、またその五人を追う武僧の事も、娘には預かり知らぬ事。

 幸運な出会いと、目のくらむような大金が娘の勘を鈍らせていた。
 自分が向かおうとしている町の夜が、どんなに危険であるかと言う事を。

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