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「月華覇伝」
月華覇伝5         (サイト掲載済み)

月華覇伝5-2 



 何か考えている風な殺生丸を見、琥珀は指示を仰ぐ。

「殺生丸様、このままこの場に留まるのは危険でございます。一刻も早く、別の場所に移動を!!」

 あの謎の暗殺者集団に襲われ、無傷とはいえないまでも辛うじて無事と言えるのは、偶然と幸運が折り重なった結果である。大雨が降らなければ、あの娘がこの辺りをうろつかなければ、邪見や琥珀の的確な行動がなければ、今頃はあの刺客達に止めを刺されていたかもしれない。

「……どこへだ? 琥珀。お前の話では、まだこの辺りを見張っている者がいる。その者らの眼を欺き、なお安全な場所とは?」

 殺生丸の問い掛けに、琥珀は答えに詰まった。命に別状はないとは言え、殺生丸の怪我はかなり深手だ。いつもの様な身のこなしは願うべくも無い。ましてやこの山の中、身を潜めるのなら獣の様に巣穴の様なところに篭るしかない。一番危険なのは、移動の際にその痕跡を残して居所を知られてしまう事。
 移動した方が安全なのか、それともこのまま邪見が捜索隊を連れて戻るまで息を潜めて隠れていた方が良いのか?
 あれこれ考えを巡らせていた琥珀の耳に、洞の入り口を隠している萱のカサっと鳴る音が聞こえた。萱の間からチラリと見えたのは、ふっさりとした茶金のモノ。

「 ―― !! ―― 」

 身構える琥珀。
 洞の外から聞こえた声。

「おおい! ここじゃ、ここじゃ!! ここにおるぞ!!」

 年寄りめいた物言いに反した、幼い声。

「流石は神狐。頼りになる鼻ですね」

 次に聞こえてきたのは、殺生丸も琥珀も良く知っている声。

「へへ、そうじゃろ、そうじゃろ♪ 伊達に狐妖怪はやってはおらぬ」
「おおよその場所さえ分かれば、七宝の鼻で探すのが一番早い。助かりました、七宝」

 明らかに、殺生丸の態度に安堵の気配が揺れる。 

「……弥勒か」
「弥勒様! どうしてここが……」

 萱を分け、逆光の中で爽やかに笑う弥勒の姿。

「邪見殿の注進でな。殺生丸様が崖の下敷きになったと真っ青になって駆け込んできたぞ。どうせ殺生丸、お前の事だから、そんな潰された蛙のような無様な真似は無いと思っていた」
「……変な風に信頼されたものだな。しかし、早かったな」
「ああ、邪見殿を褒めてやれ、殺生丸。あの老体に鞭打って百五十里余りを一気に駆け抜けて、お前の危機を城に知らせに来たのだ」

 確かにこの場所から、王宮まではかなりの距離がある。邪見は昨日の朝、あの町で馬を買い王宮へと知らせに走った。半日で駆け抜けるのは、かなりの無茶をしないと無理だ。その無理を、主である殺生丸の為に通した邪見である。

「……馬の蹄の音がしなかった。弥勒、お前やお前の背後に控えている者達は徒歩なのだろう? 馬と変わらぬとは、武僧とは人を超えているな」

 殺生丸が言ったとおり、邪見が城で捜索隊を編成している間に弥勒は先遣隊として、いち早く城を出ていた。武僧達だけが知る特殊な通信方法で捜索に長けた者を集め、こうして現場に乗り込んで来たのだ。

「状況を聞くに、一刻を争うようだったのでな。まぁ、もし万が一、お前が押し潰された蛙の様になっていたのなら、また別の問題に対応するため、直ぐに王宮に戻れらねばならなくなる」

 弥勒の事務的な言葉に、殺生丸は冷笑を浮かべた。別の問題、そう自分亡き後の後継者争い。狛與での後継者ならば犬夜叉がいる。犬夜叉を推す動きが無い訳ではないが、当の本人にその気がない以上、第一後継者である殺生丸が存命の間は如何ともしがたいのも事実。もっと複雑になるのは、母の国である香麗の後継者問題。どちらかと言えば母王は狛與は犬夜叉に、香麗は殺生丸にと考えている節があった。香麗こそ、殺生丸が亡き者となれば国内が大荒れになるのが目に見えていたのだ。
 ましてや、狛與の重臣や犬夜叉の縁者の誰かがこの殺生丸暗殺の一端を担っていたとしたら、あの麗しい闘将軍でもある母は、夫の残した国であっても打ち滅ぼすのに些かなる躊躇いも見せはしないだろう。

「想像すると怖ろしいな」
「うむ。あのご母堂様の耳に入る前に、この一件は納めねば」
「では、聞こう。お前ならこの事態、どう仕切る?」
「そうだな。まずは ―――― 」

 辺りを見回し、弥勒は目を光らせた。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


  琥珀は弥勒の指示に従い、急いで山道を下っていた。あの娘のお陰で思いがけないほど早く殺生丸と再開でき、今また腕の立つこと、頭の切れる事では王宮内で一・二位を争う弥勒も来てくれた。我が主に、こんな不遜な真似した輩への反撃は、これからだと琥珀も子どもながらに強く思う。
 琥珀の子どもらしい、『まだ見張りに気付いていない演技』に乗せられている刺客達を、最後まで騙しとおせというのが、弥勒が琥珀に出した指示だった。

 油断を誘い、時間を稼ぐ。

 琥珀から状況を聞いて弥勒は、見張りの手緩さに気付いた。自分達の存在を気付かせぬ為とは言え、それなら琥珀がこの現場を離れた時こそが、探索の機会。崩落した崖以外の場所を探して回れば良いものを、琥珀の行動を見張る事にのみ集中してしまった。そう思ったのも、刺客の思惑の十中八九が殺生丸が崩落した崖の下で圧死したものと思い込んでいたからだ。

 でも、もしここで琥珀が身代わりまで使って自分達の眼を欺いた事に気付いたら、どうなる?

 何か有ると気付かれて、身を潜める事も止めて手当たり次第に捜索を始めたら、それはそれでマズイ事になる。そんな状態で双方出逢わせば、互いに切り伏せるまでは決着がつかなくなる。こちらは当然相手に殺されるつもりはない。あいつ等とてこちらの手の内に落ちるようならば、秘密保持の為には自害も辞さない覚悟だろう。
 そうなっては大元の黒幕に繋がる手蔓が切れるばかりでなく、相手に不必要な用心をさせてしまい、追う事が困難になる事を弥勒は警戒していた。

(  ……まだ、大丈夫。あの娘のお陰で、ずっと早く殺生丸様に逢えたし、弥勒様も来てくれた。俺が町を出てからまだそんなに時間は経ってないから、気付かれてはないはず )

 そう頭の中で思いながら、尚も足を急がせる。身代わりの浮浪児を転がしていたお堂の近くで一旦足を止め、様子を伺う。休息している追っ手の姿を確かめ、それから町の様子も確かめる。町の中は、早くも捜索隊の先触れが到着していて、騒然とした雰囲気が漂いだしていた。琥珀が感じた見張りの視線も、先触れの動きを追っているようだ。

( この様子だと、夕刻までには到着しそうだな。山入りはそれから…、それまでは俺があの見張りを引きとめておかなくちゃ )

 町の様子を把握し、荒れたお堂近くに戻った琥珀は、見張りの眼を盗んで堂内に忍び込む。身代わりにした浮浪児は、まだ気絶したままで身動き一つしていない。またも素早く衣服を取り替えると買い込んだ物を手に、まるで今起きたかのように芝居をしながらお堂の外に出る。見張りの気配が一瞬警戒したように強くなり、琥珀の動きを追っていた。それを感じつつ琥珀はまた、町の真ん中へと戻ってゆく。今度は、ここで王宮から来る捜索隊をヤキモキしながら待つ、と言う芝居で見張りを引き止めておこうと考えていた。

 街道が見える割とまともな店の縁台に座り、ちらちらと遠くの方へ視線を向けては手元に目線を戻し、暗い顔をして見せる。荒れたお堂の後からついてきた二つの視線と、町中を観察していた三つの視線が一斉に、そんな琥珀の様子を凝視する。琥珀がここで絶望感に打ちひしがれて動かないほど、奴等はますます確信するのだ。

 殺生丸は死んだのだと。

( ……俺、役者でも食っていけるかもな。弥勒様はこの後邪見様と合流して、現場に戻って来いと仰ったけど、殺生丸様のお身柄はどう隠されるつもりだろう? )

 一人で頑張っていた昨夜と比べ、弥勒と言う強い味方の登場で、琥珀の気持ちは随分と楽になっていた。楽になった気持ちの半分以上は、なんといっても殺生丸の安全が確認出来た事に他ならなかった。

( あ、あの娘にもっとちゃんとお礼を言っておきたかったな。あの娘のお陰で殺生丸様はご無事だったんだから )

 殺生丸と弥勒が話している間、辺りを警戒していた武僧の話を聞くと、何者かがそれは巧みに殺生丸がいる気配や痕跡を消し去っていると話していた。怪我をして崖を滑り落ちたのなら、当然着くはずの痕を自分達でさえよくよく目を凝らして探さねば分からぬほどに隠してあった。
 自然に隠れ住む事に長けた者の仕業だろうが、そのお陰で殺生丸が刺客に見つからずに済んだのは間違いないと。言葉を持たない野に棲む小動物のような娘だったけど、なぜかは知らないけど酷くぶたれた痕のある娘。でも琥珀の目には、それは少しも醜いとは思わなかった。琥珀もまた、娘の心の清らかさを感じていたのかも知れない。


  * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


 琥珀を送り出した後、弥勒は大木の洞から殺生丸を引き出した。爆風に飛ばされ、崖の斜面に叩きつけられ、擦り傷や打撲の程は酷かったが、幸い一見して不具になるような大怪我ではないと弥勒は見て取った。

「王たる者の資格には、お前の様な悪運の強さも必要なのだろうな」
「ふん」

 身体中痛みで悲鳴を上げているのを気取らせもせず、殺生丸は常なる冷静な顔で弥勒を見返していた。

「ほら、これを飲んでおけ。薬老毒仙様から頂いた痛み止めだ。これを飲んでいれば、折れた足でも走れるし、腹に穴が開いていても泳げると言うほどのシロモノだ」
「毒仙らしい薬だな」
「ああ、それからこれも。滋養強壮栄養補給効果抜群の霊薬。飲み込む事が出来るなら、今にも死にそうな人間ですら生き返るという、とんでもない薬だそうだ」

 無造作に手のひらに零された丸薬を、疑いもなく殺生丸は飲み下した。苦いとも辛いともなんともいえぬ味が口の中一杯に広がり、それから身体中が熱く、腹の底から活力が湧いてくる。

「……疑いもしないのだな、お前は。もし俺がお前を殺そうとした一味の仲間で、薬と偽って毒を飲ませようとしたとは思わなかったのか?」
「お前ほど賢い者が、そんな簡単な方法を取るとは思えん」
「……理詰め、か。信頼されていりわけではないのか」

 そんな性格だと知っていても、どこかがっかり感を感じさせる弥勒の言葉。殺生丸の顔には、言い得ようのない笑みが微かに浮かんでいる。

「で、これからどうする」
「ああ。毒仙様の薬で普通に歩けるし走れるはずだから、法衣を纏って武僧の中に紛れ込め。それならば山の中を歩いていても、見咎められまい。隠しきれない闘気も武僧であれば、な」
「武僧に身をやつせ、と?」
「黒幕を暴くには、お前は死んだ事にするか行方不明の方が事を運びやすい。二度とこんな事件を起こさせない為にも」

 策略家らしい弥勒の言葉。しかし、それは真正面から殺生丸に切って捨てられた。

「……騙し欺き、策に嵌める。それではあやつ等と同類。私の矜持が許さぬ!」

 その剣幕に、もう一つの読みどおりだったと言う顔をする弥勒。

「そう言うと思ったよ。まぁ、なんだ。お前が死んだ事にする話は流しても、お前を安全に城に連れ帰るのは我等の役目。その為の方便とは思ってくれないか」
「………………………」

 殺生丸と弥勒、互いの視線がぶつかる。双方共に、どこかで折れねば話は進まない。

「分かった。今だけだな」
「ああ。取あえずは、お前が王宮に戻るまでの間追っ手の眼をくらませるだけでいい」

 不承不承了解すると、その場で手早く着替えさせられる。長い銀髪は二本の組紐で上部の髪を上の方で一回結び、更に下の方で、全体を一括りにして結ぶ。泥に汚れ血の染みがついた上衣を修行僧の黄色の衣に取り替え、目深に頭巾を被せて顔を隠す。その姿で弥勒の連れてきた武僧の中に紛れ込ませると、それなりに紛れる事が出来たようだった。

「俺の仲間は、皆一癖も二癖もある腕自慢の者ばかりだが、その中に紛れてもお前の物騒な気配は浮きやすい。出来るだけ、気配を殺しておいてくれ」

 主を主と思わぬ者の物言いも、ここまで来れば清々しい。
 武僧の中に紛れ、山を下りてゆく殺生丸。

 それもまた、運命だったのか?

 武僧の一団が通りかかったのは、ちょうどあの娘の塒の前の道だった。萱や藪を戸板の代わりにして、穴倉の奥に引き篭り、自分が果たした役割と願ったようになった安堵感と寂しさを何度も何度も噛み締めていた娘の耳に、幾人もの足音は、警戒心を沸き立たせて注意させるのに十分だった。

( もしかして、あのお方のお供の方が戻ってきた? でも、山の上から下ってきてる…… )

 あの場所には、あのお方と自分が連れて行った浮浪児みたいなお供の子しかいなかったはず。こんなに大勢の、それも大人の足音になるはずは無い。娘は戸板代わりの藪越しに、そっと外の様子を伺い見る。娘の視界に飛び込んだのは黄色い僧衣を纏った修行僧の一団。

( ああ、お坊さんか。山の中で修行されていたんだな )

 そう納得して首を引っ込めようとした娘の視線が、一人の修行僧の上で止まった。理由は分からない、でも目が離せない。そんな娘の視線に気付いたのか、その修行僧が足を止めこちらへとやってきた。娘は野鼠のように巣穴の奥で身体を縮込めた。藪に手をかけ、修行僧が中を覗く。娘を射抜いた視線は冷たく鋭い、でもどこかそれだけではないものがあると感じさせたあの視線。

( ごめんなさい! ごめんなさい!! 二度と近付くなと言われていたの、ごめんなさい! )

 頭を埋め、ひたすら身体を小さくして娘はそう思う。
 娘が謝る理由など、何一つ無い。
 今、近付いてきたのは殺生丸の方だった。

「……お前のお陰で無事山を下りる事ができた。礼を言う」

 思いもかけない言葉が娘の上に降りてきた。
 両親や兄弟をなくし、野良犬や溝鼠のような暮らしをするようになって、殴られ足蹴にされ罵られることはあっても礼を言われたことは無い。

「あ、ああっ…… あぅぅぅ」

 娘はこの貴人が,自分のような者を『人』として扱ってくれた事が嬉しかった。娘のはれ上がった顔に広がる、嬉しさに溢れた満面の笑み。後宮の美姫達の誰もが見せたことの無い、無心で無垢な、無償の喜びに満ちた笑顔。

 今、殺生丸の凍て付いた心に真心と言う名の小さな石が落ち、静かに波紋を描き出していた。



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