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「月華覇伝」
月華覇伝5         (サイト掲載済み)

月華覇伝5-1 

【 月華覇伝 5 】

( ……なんだろう? この子。やっぱり浮浪児の格好をしてるけど、浮浪児じゃない )

 自分を見つめる琥珀を、娘はそう判断した。今まで生きぬく為に鍛えた直感は、琥珀は自分に害を成す相手ではないと知らせている。ならば、なぜこの子はこんなにも自分を見ているのだろう?
 そう考えた娘は琥珀の視線が自分の手元、つまりこの帯に注がれていることに気がついた。

( もしかしたらこの子、あのお方の知り合いかも…… )

 あんなに立派な方のお供が、あのお爺さん一人と言う事はないかもしれない。この子もお供の一人かも知れないと娘は考えた。二人の浮浪児の間に、緊迫した空気が流れる。琥珀はこの娘にどう声をかけようかと言葉を探した。下手な声かけをして、もしこの娘に逃げられたり、あるいはあの追っ手に気付かれたりしては取り返しのつかないことになる。考えあぐねる琥珀を見つめ、その娘は立ち止まっていた。その娘の瞳は怯えの色半分、なにか期待しているような色が半分浮かんでいる。

 琥珀は娘の瞳の光を信じた。

「俺は訳あってこんな格好をしているけど、あるお方のお供をしている。そのお方はあの山の中で俺たちを待っておられた」
「………………………」

 娘は無言のまま、琥珀の言葉を聞いている。琥珀は主を思う真剣な光を瞳に浮かべ、言葉を続けた。

「大雨が上がって、俺たちが山の中を探してみると崖が崩れていた。その瓦礫の下に殺生丸様の沓が……。でも! 俺はそんな事信じていない!! 怪我を負われていらっしゃるだろうが、きっとどこかに身を潜めておられるはずだ!」

 ここで琥珀がその名を口にしたのは、一つの賭けだった。この目の前のみすぼらしい娘が、もしかしたら殺生丸の使いの可能性だってあるのだ。あの用心深い殺生丸が迂闊な事で名乗りをするとは思えないが、それでもこの娘の手には主の帯がある。こんな町で名ばかりの役人であっても、いることはいる。帯を見せ、名を伝えれば救出に動くのは間違いない。それがどんな危険を孕んでいても。
 娘の瞳から怯えが消え、同意と期待の色が溢れてくる。

「あ…、ううぅ あぅ……」

 娘も琥珀に伝えたい事、聞きたい事がある。でも――

「あれ、お前……」

 娘の声を振り絞るような様子と辛そうな表情に、この娘が言葉を喋れないのだと知った。

「俺の言葉の意味は判るんだね?」

 娘が頷く。

「俺はその帯の持ち主を探している。お前はその場所を知っている?」

 またもや娘は頷いた。

「じゃ、俺をその場所に案内してくれる?」

 こくりと頷く。ふと琥珀は心配になった。あまりにも素直な様子に、この娘は誰にでもこうして帯を見せ、反応を示した相手にはその場所を教えようとしたのではないだろうかと。

「この帯の事、その場所の事、誰か他の人にも教えた?」

 今度はしっかりと首を横に振る娘。

「じゃ、教えたのは俺だけ?」

 ぶんぶんと力強く頷く。

「他の人にも教えるつもりだった?」

 ちょっと考えたような顔をして、それから首を横に振る。

「俺だから、教えてくれたの?」

 うん、と頷く。

「どうして?」

 そう問われて娘は、少し困ったようなはにかんだような笑みを見せた。娘の瞳には、琥珀に対しての警戒心は一欠けらもない。娘の勘の良さ、相手を見る眼力の確かさに内心琥珀は驚いていた。殺生丸の侍従である自分だからこそ、教える気になったのだと娘は言っているのだ。琥珀もまた、向けられた笑顔に笑顔で答えた。

「殺生丸様は、怪我をされておいでなのだろう? でも、お前の様子を見るとお命に関わるような怪我じゃないみたいだね」

 確認の為、まだ何か言うおうとする琥珀の手を掴み娘は山への道を駈け戻って行った。見た目よりも逞しく早い足で駈け続ける娘、その急ぐ様は琥珀の眼には自分同様、主を思っての気持ちの表れの様だと琥珀は感じていた。
 娘に連れて行かれた場所は、一晩中自分が頑張っていた瓦礫の山のすぐ近く、藪の下から続く緩やかな斜面を見上げる形になる獣道だった。

「こんなところに、殺生丸様が……?」

 あまりにも目と鼻の先、本の少し前まであの得体の知れぬ曲者どもがこの近くで目を光らせていたのだ。そんな琥珀の言葉など構いもせずに、娘はぐいぐいと琥珀を太い老木の下へと連れてゆく。斜面に這うように太い根を張り、岩山の岩盤すらも割ってその巨体を支えている。獣道から見ればそそり立っているように見える老木でも、崖の上からだと急斜面に添うように幹の根元は密着している。根元近くの幹周りは下生えの枝や萱や雑草などで覆われていた。
 獣道から丁度娘の眼の高さのあたり、老木の根が割った岩盤の隙間から綺麗な岩清水が湧いていた。

「水? いや、大丈夫だ。まだ、喉は渇いていないよ。それよりも早く、殺生丸様のところに案内してくれ」

 娘が指差した湧き水は、ここまで駈けてきた自分への労わりで教えてくれたものだと琥珀を思ったのだ。ここが、この娘の水飲み場。それはあの曲者達も気付いた事ではあったが、あまりにも娘がみすぼらしく、山の獣の様に当たり前に振舞うので、つい見過ごしてしまった事。

「う、ううぅ。あう!」

 違うと言いたげな娘の様子に琥珀は、その岩盤の隙間に顔を近づけた。小さな水音を立てて流れ落ちる岩清水が自然の気をより濃くし、山で修行した事のある琥珀には自分の気まで一体化されそうだと思った。そんな気配に聡いはずの琥珀でさえ、その岩盤の裂け目から藪越しの薄緑色の光に浮かぶ人影を見るまで、その人物の気配にまるで気付かずにいたのだ。

「殺生丸様っっ!!」

 驚きで、小さくその名を呼ぶ。
 薄緑色に染まっているからか、生気を無くして瞳を閉じている姿はまるで美しい彫像の様に見えた。聞き覚えのある声に、その人影が微かに身じろいだ。

「琥珀、か」
「はい! 殺生丸様!! お探したしました。すぐ、そちらに参ります」

 獣道から斜面をよじ登り始めた琥珀の後ろから、帯代わりの麻縄をぐいっとあの娘が掴んだ。

「え、あ、なに?」

 物言えぬ娘は手にした帯を琥珀に渡し、深々と頭を下げるとその場から駆け出していた。

「なんだったんだろう? 今の様子。気になるけど、今はそれどころじゃないや」

 ほっとした表情と少し悲しそうな笑みを浮かべた娘の顔に気付かぬまま、琥珀は藪に隠された入り口を見つけ、無事主従の再会を果たしたのだった。


 * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「遅くなり申し訳ありませんでした、殺生丸様!!」

 歳経た大木の胎内に抱かれるように身を潜めていた殺生丸の姿を認めるや、琥珀はその場に額を擦り付ける様にして主に謝罪した。

「……構わん。それより、辺りにあやつらは居ないのか?」
「はい。俺がこの上の崖の崩落現場に着いた時にはかなりの人数がいたのですが、俺が一晩現場で芝居を続けているうちに、自分たちで探すより俺たちに探させた方が得だと考えたようです」
「探させる…、私の遺体をか?」

 淡々と自分の身の上、生死に関してさえ冷めた響き。

「おそらく。俺が現場に残った為に、あいつらは表立って動くことが出来なくなりました。もし俺に気付かれ、事故ではなく暗殺だと知られてしまう事の方を憂慮したようです」
「ふむ……」

 殺生丸は目を閉じて、自分を暗殺しようと企んだ者の顔を思い浮かべていた。一番最初に思い浮かんだのは異母弟の犬夜叉の顔。だがそれは、真っ先に打ち消された。犬夜叉を担ぎ出そうとしている者達は危険極まりないが、犬夜叉自身には、微塵の野望も無い事を知っている。共に流れる父の血のせいか、国を治めるよりも自由に大地を駆け巡りたいと思う気持ちの方が強い気質であった。
 先王闘牙も、自分の良かれと思う気持ちのままに駆け巡った結果がこの、この国、狛與(こよう)の起こり。国を治めるよりも前線に出て闘い続け、後方の守りは信頼の置ける部下任せであった。

( ……犬夜叉の指図ではないだろうが、その縁者だとすると面倒だな。他にもこの私、狛與国第一皇子殺生丸を亡き者にしたい輩はいる )

 次々に浮かんでは消える、その顔・顔・顔。

 母の国、香麗(こうらい)の大臣の恨みも買っている。道具扱いしかしなかった後宮の女達の恨みもあるだろう。忍びの旅で行き逢い、斬り捨てた武芸者の縁の者もいるかも知れぬ。合わせて、先代からの国を併合された亡国の遣る瀬無い憤りも。凄みの有る笑みが,殺生丸の表に浮かぶ。

( ……人間とは、己も含めなんと血腥い生き物であることか。野に棲む獣との違いは、嘘を連ねる言葉を持つか持たないかの違いではないか )

 口元に浮かぶ嘲笑は、殺生丸自身に向けられたものでもあった。

「殺生丸様……」

 心配気に琥珀が声をかけた。

「……話を続けろ」
「はい。殺生丸様を亡き者にしようとした一団は、少数の見張りを残して夜明けには引き上げてゆきました。邪見様が早馬で援軍を呼びに行ったの知り、ここでの更なる襲撃は控えたようなのです」
「…………………」
「残った見張りも俺が引きつけて町で足止めしていますから、今はこの辺りに敵はおりません」
「……見つからずに済んだのか。こんな現場から目と鼻の先、気付かぬとは手ぬるいな」

 侮蔑したように、そう言い捨てる。

「……他の者の気配に紛れてしまったからでしょう。ここはあの娘の水飲み場だったのが幸いでした。あの娘が殺生丸様を怖がらなかったのも」

 そう言ってしまって琥珀は、その一言は失言だったと思わず胸の中で首をすくめた。確かに殺生丸の放つ気は、剣呑で近寄りがたく、殺気を纏って怖ろしいの一言に尽きる。それでも殺生丸の本質を知る者には、その氷の様な刃の下の、凄烈なまでの真っ直ぐな気質が息づいている事も知っている。

「あの娘……?」
「殺生丸様が帯を持たせて使いに出されたのでしょう? 物言えぬ浮浪児の娘です」

 そう言いながら琥珀は、あの娘が琥珀に渡した帯を改めて殺生丸の手へと返した。

「……この帯が欲しかった訳ではなかったのか」

 渡された帯を見つめ、険の消えた声音で呟く。

「身なりはボロボロでしたが、賢く勘の良い娘のようでした。人を見る目があるというか……。不思議な話なのですが、あの娘には俺が殺生丸様の家来だと判ったようなんです」
「この帯にお前が反応したからではないのか?」

 殺生丸が手のした帯は皇族の者にしか使えない禁色を使っている。琥珀でなくとも、そう殺生丸を殺そうとした者であっても、そんな帯を見れば何らかの反応を示すだろう。もしかしたら、今 この場に居たのはあの暗殺者達だったのかもしれないのだ。

「いいえ、それはないです。俺の言葉をじっと聞き、俺の顔を見つめて、その後で俺だからと、ここに連れて来てくれたんです。俺が本当に殺生丸様の家来かどうかを見極めたんだと思います」
「あの娘が……」

 殺生丸の脳裏に、心配そうに何度も様子を見に来た娘の顔が浮かぶ。娘は酷く殴られても、怪我をした殺生丸の為にまともの食糧と綺麗な布を届けようとしてくれたのだ。それが例え盗品であっても、殺生丸の為に。

「あの娘がここに潜んでいる殺生丸様を怖がっていたら、きっと残っていた見張りにも気付かれていたと思います。でも、あの娘は何が本当かを見抜ける力を持っている。あの娘の目に殺生丸様は、怖いだけのお方には映らなかったのでしょう」

 琥珀の言葉に、帯を投げ与える前の、自分でも持て余しそうな不可解な感情が戻ってきていた。

「あの娘はどこにいる」
「俺にこの帯を渡すと、深々と頭を下げて走り去って行きました」

 そう聞き、あの時もう二度と近付くなと怒鳴ってしまった事を思い出した。
 その言葉通り、娘はもう自分の前には現れないだろうと殺生丸は思い、初めて苦い気持ちになっていた。
 



 




 
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